かじかみて脚抱き寝るか毛もの等も
橋本多佳子
かじかむ、という言葉を聞くと思い出す情景があります。
子供のころ、まだ豆腐屋さんが街を廻って来ていました。
「と〜ふ〜♪」と聞こえるラッパの音が聞こえると、おつかいに行くよう言われます。
母は必ず「もめん」を買うように言います。
「絹豆腐」は我が家では決して食卓に上らず、子供心に妙に「絹」に憧れたものでした(笑)。
ある寒い冬の夕暮れ時、「寒くていやだなぁ。」と思いながら嫌々おつかいです。
寒くて手がかじかんで、早く暖かい家に帰りたい一心です。
「もめん1丁下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
豆腐屋のおじさんは、きっと手が切れそうに冷たいであろう水の中の豆腐をすくい上げて容器に入れてくれます。
その時見たおじさんの手は真っ赤に腫れて、本当に切れていて・・・
「なんて痛そうなんだろう!」
幼かった私でも「ぎょっ!」とするような労働の手だったのです。
その時、幼心にも「お金を得ること」はこういうことを伴うのだ、と感じたのでした。
遠い遠い日の思い出だけれど、鮮明にその情景は心に残っています。
まじめに働こう!という原点かもしれません。
さて、まじめに働いた後は・・・
膝小僧冷えて来たれば酒支度
高澤良一
だったりして(笑)。

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