剣道の聖地!野間道場に関してのブログです。 2006年6月から読んで頂ければ幸いです。
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くま
誕生日 ひみつ
年齢?才
性別男性
血液型不明
職業会社員
現住所埼玉県
我、空也と何時の日か、いえるようになるのが私の夢です。
日々の生活の糧を稼ぐ為に稽古も思うように出来ない毎日です。
そんなクウガになりたいくまが、インタネと言う世界に足をふみいれて、そこで知り合った人達と楽しく稽古しています。

2000年より、野間道場に出会い、剣道の修行を続けてきました。
しかしながら、このたび音羽の地にあった野間道場は、解体されてしまいました。

日本の古きよきものを大切に思う方々と共に、何とか野間道場を再び桐生の地で再生できないかと活動しています。

これからも、皆様よろしくお願い致します。
最近の日記
古き良い建物を再建するにあたって (02/17)
野間道場の偉材の大きさ (02/04)
野間道場の偉材の危機! (01/27)
社史の端っこに・・・ (02/23)
野間道場・・その後 (02/19)
生誕祭に仕上がった『音羽ノ嵐』を (12/12)
音羽ノ嵐の仕上がり(刀波紋)を撮影 (10/25)
音羽ノ嵐が研ぎあがりました! (10/24)
玄関先の再現・・・・ (10/28)
野間道場再生・・・ (10/21)
過去の日記
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2月17日(金)古き良い建物を再建するにあたって
2月 4日(土)野間道場の偉材の大きさ
1月27日(金)野間道場の偉材の危機!
2月23日(火)社史の端っこに・・・
2月19日(金)野間道場・・その後
12月12日(土)生誕祭に仕上がった『音羽ノ嵐』を
10月25日(日)音羽ノ嵐の仕上がり(刀波紋)を撮影
10月24日(土)音羽ノ嵐が研ぎあがりました!
10月28日(火)玄関先の再現・・・・
10月21日(火)野間道場再生・・・

2012-02-17(金) 古き良い建物を再建するにあたって ページの上へ


皆様お世話になっています。
くまです。

先般、ここにお助け下さいと書き込んだ「偉材の危機」ですが・・・

桐生市の野間清治顕彰会の大西会長より、私にメールが届きました。


相澤記念館駐車場の一部ですが、何とか、移転場所が決まったそうです。
暫くは、野間道場の偉材をおいて頂けるみたいです。


良かったです!

しかしながら、屋根付きではなく、シートをかけての一時保存であるそうです。

今後、偉材のすべてを集めて一元管理する事が必要と思います。
どんな物でもせめて雨は凌げるところで一括し、資材の状態を調べて保管する場所が必要な事であります。

その場所の確保も大事ですが、その整理等を建築士関係の方々にお頼みしたいが、費用の捻出方法に苦慮しているとのことです。
大西会長は、それを中心に行う会の発足を考えている模様です。

その会の運営資金も助成金等寄付等で行いたいと考えているみたいです。

道場再建前に、まずそのことやって行きたいと考えておりますので、再びご協力・ご尽力を頂きたいと思いますと、くまのほうに電話連絡ありました。

わたくしは、お手伝いをしていくつもりです。ここをご覧の皆様におかれましても、ご協力・ご尽力を頂きたく思いますので、よろしくお願い致します。

古き良い建物を再建するにあたって、これから色々と諸問題にぶつかる事でしょう?
これから進めるにあたって、まずどのように進めれば良いか?
失敗しないためにも、色々とお知恵を拝借したく、その手順等をご指導ご鞭撻頂ければ幸いと願っております。

ここをご覧の皆様、再び行動を起こします。


これからもよろしくお願いいたします。


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2012-02-04(土) 野間道場の偉材の大きさ ページの上へ




くまです。
早速何人かの方からご連絡を頂きましたが、残念ながら、野間道場の偉材が長すぎて、搬入できない場所でした。
写真のとおり、偉材の大きさは、大変ながく、大きなものです。
太くて大きな柱、道場の屋根を支えていた長い梁、普通の車だと運べません




運べたとしても、道路幅がある程度広くないと保管場所までたどり着けないのです。






下記写真の通り8tトラックで積み込んだ野間道場の偉材です。

足利市の保管スペースは下記写真の通りです。



今、桐生市の野間清治顕彰会の方々も緊急会合を重ねながら、何とか再建するまでの保管場所を確保しようと奔走(ほんそう)しております。
できれば、足利市近郊の場所が良いのですが遠方でもしっかりと保管できる場所なら構わないとのことです。
貴重な偉材をなくしてはなりません。


ここをご覧のかたで、保管場所の情報をお持ちの方ご連絡をお待ちしています。

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2012-01-27(金) 野間道場の偉材の危機! ページの上へ


くまです。皆様ご無沙汰しておりました

現況の報告をいたします。


現在も古き良い建物であった野間道場を再び桐生の地で再生できないかと活動しています。

なかなか思うように進展せず、皆様にご報告が遅れてしまっております。
しかし、何もしていないのではなく、再び蘇るための準備をしている状況であります。

不死鳥ではないですが、灰のなかから新しい命の誕生を待ちながら環境を整えていました。
桐生市の野間清治顕彰会会長の大西様を中心に旧野間道場の偉材を利用し、剣道場の再建はもちろんのこと、野間清治顕彰記念館を併設し、次世代の子供たちの研修施設とするべく、準備を進めている段階です。
各方面のかたに現状を話、行政関係の方々に助成の協力を申し出ている段階であります。

そのようななかで、再び偉材の危機に遭遇しております。

野間道場の偉材は、3っ箇所で保管をしておりますが、そのうち足利市の1っ箇所の保管場所から偉材を撤去してくれと言われております。
前々から保管場所を他に利用を考えているので、早く偉材を移転してくださいと言われていたのですが、なかなか進展せずご好意に甘えて今日まで来てしまいました。
今まで保管をして頂き大変感謝いたしますと共に、今後保管して頂いた偉材を再び甦させる責任を感じております。

桐生の野間清治顕彰会の方々もなんとかしなければと色々と手を尽くしておりますが、移転費用(運搬費用)はなんとか工面できても新たな移転先、偉材の保管場所の確保が未だできておりませんとの連絡が本日、大西会長より頂きました。
緊急なお願いですが、ご助力をいただけないかとのことです。

早速くまも動いているのですが、なかなか解決策が見つかりません。

残りの2ヶ所の保管場所には現状以上無理な願いはできず、大変苦慮しております。

やっと機運が盛り上がりかけているところですが、せっかく確保した偉材をそのまま処分はできません。

皆様の協力をお願いいたします。

ご助力していただける方は、くまの方にメール等ご連絡を頂ければ幸いです。


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2010-02-23(火) 社史の端っこに・・・ ページの上へ



くまです。
先日ブログに書き込みました名建築の『野間道場を偲ぶ』について問い合わせが多くありました。

くまのところに送られてきたということは、広く皆さんに伝えるべきだとおっしゃる方もおり、ここに転記したいと思います。

それは、「物語 講談社の100年」第二巻 社史の端っこにあるコラムとして書かれております。

目新しいことは書いてはないですが、さすがプロが書いただけのことがあります。

どうぞご覧くださいませ。。。


コラム 名建築の「野間道場」を偲ぶ

かつての野間道場は、剣道家たちから剣道の聖地と崇められてきた。閉鎖間近いころ、国内外からの来場者は年間一万八000名を越えていた。幼少のころから道場にかよい剣道になじんでいた歌手のキムタクこと木村拓哉も、この聖地に足を踏み入れたことがある。

木村は、平成十八年(二〇〇六)十二月公開の映画「武士の一分」(山田洋次/監督 藤沢周平/原作 松竹)の撮影開始前の十七年十二月、ここで目隠しをして稽古し、主人公である盲目の剣士の役づくりに取り組んだ。「野間道場という特別の空間にお邪魔して以来、スイッチが入ってもう一度剣道の回路に電流が流れ始めた。しかも、これまでとは違う回路がつながって、握っている竹刀があらためて単なる竹刀でなくなった瞬間というか、そういう初めての体験をした。あの道場での時間と経験は大きかった」旨、やや興奮気味にインタビュー(「武士の一分」特典DVD)で回想している。

東京・文京区が近代和風建築の基礎データ調査に乗り出し、その一環として真っ先に野間道場の調査を実施したのは、平成十九年三月のことだった。野間道場が解体される七、八ヵ月前のことである。調査参加者は、大学教授・一級建築士などの専門家や区の担当職員など総勢二十人近い。調査期間は三日間。結果は、『文京区文化財年報(平成十八年度)』(文京区教育委員会)に公表された。『年報』の中で三四ページを占める詳細な調査報告書は十数ページの本文のほか、多数の図面や写真で構成され、新発見やあらためて確認されたこと、あるいは優れた特色などが具体的に報告されている。

なかでも注目されるのは、文化財として野間道場を高く評価した点だ。「日本の道場建築の伝統を今日に伝えている」としたうえで、次のように記す。

「木造道場はすでに全国的にも希少で道場の規模は最大級といえる。また、建物の技法には質の高い職人の工夫を見ることができる。建物は丁寧に修理が行われていて、保存状態も良い。道場としてのみならず、地域住民に多目的に活用される可能性も十分ある。さらに、講談社の歴史を良く表し、出版史の上でも貴重である」

おまけに、国の登録有形文化財としての登録基準を満たしているのみならず、今後、国の重要文化財など指定文化財になる可能性も十分考えられるとまで指摘している。



道場の設計は、森田孟睦(たけむつ)と考えられる。野間の沖縄中学時代の教え子で、音羽の新社屋(現・本館)建設に深く関わり、のち講談社社員にもなった建築家である。母校である沖縄・首里高校の100年周年記念事業誌『養秀百年』に、「学生時代の野間先生と私」と題する一文を寄せている。

「先生は剣道が大変お好きだったので、音羽の講談社の山の上、また伊香保の別荘、千葉の別荘、伊東の別荘などにも大きな道場を建てられた。これらの道場は、野間先生の命によって皆私が設計、製図したものである」

大正十四年(1925)創建時の経緯については、大きな謎が残っている。神田明神(東京都千代田区外神田二丁目)脇または神田明神下にあった道場が移築されたものと言い伝えられているのだが、元の正確な所在地・道場名・師範名など具体的な裏づけがない。調査報告書は、野間道場創建時の上棟式の写真から判断して、部分的に古材を使用している可能性があるとし、また、一部の柱に埋め木をした転用材がつかわれているので、移築の際に改造して建設した可能性は十分考えられるとしている。

創建当初、野間道場の広さは正味五間×六間(玄関・控えの間・廊下などを含めず、稽古する板の間だけの広さ)、昭和四年(または五年)に一回目の増築で五間×十二間、同八年に2回目の増築で五間×十六間となった。戦後も2回ほど増改築されていることが今回調査で判明したが、道場の正味の広さ五間×十六間に変わりはない。

道場の幅五間(九メートル)というのは、いかにも大きなスパン(構造物を支える支点間の距離)である。道場部分の屋根は山の形をした切り妻ではなく、棟から一方の軒先まで流れる片流れだが、この大スパンの荷重に耐えうるものでなければならない。そのために採用された小屋組み(屋根を支えるための骨組み構造)は、洋風の合理的な巨大トラス構造(筋交いのように三角形を組み合わせて補強した構造)であり、高度な工夫が凝らされていることがうかがえる。この屋根には大きな天窓が六つも開いており、そこから差しこむ柔らかな自然光は、広々とガラス戸を開放した三方の縁側や廊下から吹きわたってくる外気とともに、修業する剣士たちの気分を爽快にした。



なんといっても、野間道場最大の自慢は弾力のある床だろう。トランポリンのようだという感嘆の声さえ出た。剣道ではアキレス腱など足腰を痛めることが多いのだが、この床のおかげで当道場では怪我人がほとんどいないという。

この床は、分厚い杉板張り。厚さ4.2センチ、幅18センチの板と板が雇いほぞという伝統技法で接合され、床中央部がわずかながら盛り上がっている。その床下を支える主力は大引(高さ12.5センチ×幅14.5センチ)という太い構造材だ。奥行き十六間の床は横並びに一間の間隔で張りわたされた十数本の大引きによって支えられている。この大引をさらにまた下支えするのが、大谷石を土台にしたスプリング(直径12センチ、高さ13.8センチ。路面電車用のものを転用したともいわれる)である。長さ四間の大引は、このスプリングによって中央部の2ヵ所または3ヵ所(二回目の増築部分)で持ち上げられ、しかも両端を大谷石またはコンクリートにしっかりと固定されているために弓なりに反っており、いきおい床板中央部をも盛り上げることになる。先人たちの高度な工夫と職人技が光る「極めて特殊な床構造」(調査報告書)で、これが弾力の源泉である。

それだけに、野間道場の解体計画が世間に知れると、国内外の武道家や建築家の間で保存を要望する声が高まり、解体を惜しむマスコミ報道も現れたが、計画が変更されることはなかった。野間清治の故郷である群馬県桐生市の野間清治顕彰会が桐生へ移築を申し出たものの、二億円とも三億円ともいわれる移築費用が障害となって、結局は実現しなかった。窮余の一策として、風格のある玄関先や稽古場の一部部材を顕彰会が譲りうけて保管し、故郷で再建を期することになった。

この間、中心となって道場保存の必要性を広くアピールし続けてきたのは、野間道場で平成十二年以来修業をしてきた剣士であり、また一級建築士でもある埼玉県在住の会社員であった。解体現場で彼はボランティアの協力も得て玄関先などの部材を一つ一つていねいに収集・整理して、桐生の顕彰会に送りとどけた。

彼が収集したのは、材木の部材だけではなかった。伝統技法による建築であっても、そこそこに使用されている釘・かすがい・ボルトなどの古鉄などをも拾い集めたのである。それを、九州の名門刀鍛冶に託すと、やがて一振りの見事な日本刀に甦った。名づけて〃音羽の嵐〃。野間道場はなくなったが、この刀にこそ野間道場の魂が宿っていると、この建築士にして剣士は信じて疑うことはあるまい。


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2010-02-19(金) 野間道場・・その後 ページの上へ



皆様ご無沙汰しています。

くまです。

野間道場のその後について少し報告します。


〔邊崙讃譴諒歛験萢儕親依遒兄

今年に入って、野間道場の学術調査及び保存運動に尽力して頂いた小西敏正教授より、単行本が届きました。

 出版社はなんと講談社です。

今、日本人の心を思い出さないと地球は危ない、経済優先主義の社会はいけない、環境を壊すのをやめよと「相変わらず」の精神の大切さを説く名著です。

皆様、是非読んでみてください!

詳しくは、下記HPをクリックしてください。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/product-description/4062157179/ref=dp_proddesc_0?ie=UTF8&n=465392&s=books/



¬邊崟脅8仮寛颪ら郵便が送られてきました。

ふるさとの風 野間清治顕彰会だより
十年目の節目を乗り切って 会長 大西康之・・・(野間清治記念館開設実現の為に)・・

1/28 夕刊桐生タイムズの記事『音羽ノ嵐』

詳しくは、野間清治顕彰会のHPをご覧ください。
http://www.sunfield.ne.jp/~noma//


2月18日に講談社 野間佐和子社長より、くまに宅急便が届きました?

なんだろうとあけてみると、挨拶文?「年表・資料 講談社の100年」DVD 講談社の100年とあります?


豪華本です!

そういえば、昨年ある作家の方から、メールがきました。

それは、くまのブログ記事内容についての質問メールでありました。

野間道場の保存活用運動とくまが調べた内容についての問い合わせもあり、くまが把握している内容と現在までの活動内容をお話しました。

返信メールで詳しく事情を聞きますと、講談社の社史をまとめているとのことでした。
その話をお聞きし、このブログに書いてある事柄と、写真等はお好きなようにお使いくださいとお話した経緯があったことを思いだしました!


早速読んでみますと、講談社の物語として、名建築の『野間道場を偲ぶ』と題したものがあり、野間道場についての調査研究及び保存運動について詳しく書かれておりました。

我々の保存活動についてもしっかりと書かれており、「夢は空我のくま」のブログ写真も数点掲載してありました。

 内容を読みながら、なぜか涙がとめどなくこぼれました・・・・・・

社史「講談社の100年」に名建築の野間道場を壊してしまったことを偲ぶ記事を掲載し、我々保存運動家のことも丁寧に書いている・・・・。

講談社はどこに向かっているのだろうう?
ふとそんなことを考えながら、頂いた、単行本「平成 日本らしき宣言」と社史「講談社の100年」を読みながら、色々と今までのことを思い出しております。

また進展がありましたら報告いたします。
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2009-12-12(土) 生誕祭に仕上がった『音羽ノ嵐』を ページの上へ

 
 
皆様ご無沙汰しています。くまです。

本日は、桐生市まで出向き、野間清治氏の生誕祭に仕上がった『音羽ノ嵐』を持参し、出席者の皆様に披露してきました!

 

生誕記念碑前の顕花台上に、仕上がった『音羽ノ嵐』を置かせてい頂きました。



顕花式、野間清治顕彰会大西会長挨拶

 

皆様のご挨拶終了後、司会者の方から『音羽ノ嵐』を持参したことをご紹介していただきました。

多くの方々が生誕記念碑に顕花をおこないます。

まるで、顕花台の『音羽ノ嵐』を花で着飾るように・・・・・・・・







南小学校内に設置されている、野間清治記念館準備室「野間清治の館」で、野間清治研究の第一人者である、桑原氏の説明を熱心に聞く皆さん。



桐生市立南小学校アクターズクラブの子供達による、語り話と紙芝居など・・・・



仕上がった『音羽ノ嵐』を皆さんにご披露・・・・

野間清治顕彰会大西会長に仕上がった『音羽ノ嵐』を構えて頂き、再び甦る魂の叫びを感じて頂きました!

 

野間信子副会長を始め、皆さんにも仕上がった『音羽ノ嵐』を披露致します。

 




お汁粉を頂きながら、皆さんと有意義な懇親をさせて頂きました。

野間清治記念館の建設と野間道場の再生!

皆さんの思いが、再び甦ることを祈りながら、桐生の地をあとにいたしました!
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2009-10-25(日) 音羽ノ嵐の仕上がり(刀波紋)を撮影 ページの上へ



音羽ノ嵐の仕上がり状態(刀波紋)を撮影しようと思いましたが、難しいものですね。

野間道場の玄関先模型制作に協力してくれた、觜瞰建設の優秀な技術者である Iさん とデジカメで撮影したのですが・・・



実際の刀の波紋はもっと綺麗なのですが、なかなかうまく撮影ができませんでした。



刀が鏡のようにまわりの景色や光を映しだしてしまい、思うように撮影できないのです。





刀の波紋にカメラのフラッシュの光が入ってしまい、本来の輝きを再現するのが至極難しいです。

それでも自分なりに工夫し、撮影して見ました!

実際の輝きとは随分違いますが、それなりに雰囲気良く表現できたと思いますのでご覧くださいませ!









写真撮影で『音羽ノ嵐』の波紋を表現しようと務めましたが、私の技量ではここまでです。

皆さん、もっとうまく撮影できるようになりましたら、また映像をアップしますのでご勘弁ください。



また、旧野間道場の最終まとめ、その後の活動については、皆様に発表できる段階になりましたら、このブログ日誌に書き込みますので、今しばらくお待ちくださいませ!







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2009-10-24(土) 音羽ノ嵐が研ぎあがりました! ページの上へ



大変ご無沙汰していました。
くまです。

待ちに待った、『音羽ノ嵐』がやっと、仕上げの最終研ぎが終わり戻ってきました。

久しぶりに、講談社の新道場に向かいます。

朝稽古を早々にすませて、『音羽ノ嵐』を拝見いたしました!





一緒に保存運動を頑張った、くにさんと共に、仕上がり状態を拝見しましたが、大変素晴しい出来上がりです。



早めに稽古を終えた先生方にも、『音羽ノ嵐』を披露いたしました!




旧野間道場跡地に向かいます。
工事中でありましたので、ガードマンに断り、離れた処から報告いたしました!





野間道場跡地には、建物は建たないみたいです。
工事車両の出入り口通路として利用されております。



チラッと見える護国神社に一礼し、『音羽ノ嵐』の完成を報告いたしました。

 
裏の東大病院も既に解体作業が始まっており、野間道場の隣接病棟は既にありません。
写真の本館だけ壊さないみたいです。少し安心いたしました。

 庭の燈籠が残っていました!

  



燈籠にむかって、深く一礼して音羽の地をあとにいたしました。 
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2008-10-28(火) 玄関先の再現・・・・ ページの上へ



野間道場の再現をしようと、模型作りをしておりましたことは、前の日記に書きました。

本日、玄関先の一部分ですが、一応完成しました。

模型の制作につきましては、くまの書いた図面を元に、觜瞰建設で若手一番の技能を持つ Yさんが、中心になって組み立てて頂きました。



最後の仕上げに、懸魚は自分でつくろうと、一昨日の夜に図面を縮小し板に懸魚の形を移しました。

いざやりだすと、面白くなってしまい、夢中になって彫りだしました。

久しぶりに、小学校の時に使っていた彫刻刀を持ち出し制作しました。



荒彫りした後、紙やすりで削り、雰囲気を出すために、オイルステンで塗装いたしました。




Yさんがくまに負けじと、玄関扉も実物と同じように、杉板を彫りだし制作しました。

見事な出来栄えです。

玄関の照明器具も取付、庇屋根に銅板を貼り付け完成です。

ご覧くださいませ・・・・・



当社の事務所のパソコンデスクの上に飾らして頂きました。



そこには、小さなだるまさんが座っておりました。。。。。。

だるまさんにちょっとどいてもらい置かせていただいたのですが・・・・

だるまさんに申しわけなく思い、・・・

はた!と思いつき!玄関の中に祈りを込めて、改めて収めました!



なんともが、良い収まり具合です。

だるまを式台の上にのせ、右手に干支のネズミ、左手にひょうたんを飾らして頂きました。

如何でしょうか?



なんとなく、野間道場の高い式台及び右近の桜・左近の橘を思い出します・・・・・・



今度は、野間道場の床構造及び屋根構造を現す、断面詳細模型を制作したいと考えてます。

本業の傍ら、予算もないところ皆さんに手助け頂き、何とか時間をつくって制作しています。

ゆえに、何時頃に完成するかは定かではありません?

いま少し、お時間をいただければ幸いと思います。




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2008-10-21(火) 野間道場再生・・・ ページの上へ



くまです。

18日の野間清治生誕130年記念祭まで制作が間に合わなかった模型作りを
少しづつですがおこなっております。

野間道場の床板を改めて加工し、部材を制作しました。



そして、実物の10分の1の大きさで組み立てております。



とりあえず、玄関先部分だけでも完成させようと思っております。







完成いたしましたら、又報告いたしますね!


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