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 | 2005-09-17(土) なんだったんだ?オギナワ6days 5日目
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5日目
前夜(というか朝5:30)に酔っ払いながらもなんとか家まで送り届けた友人からの電話で起こされる。
「なんにも覚えてないさーごめーん」
というわけで、前日なぜか最後に彼女のヘルメットを持ち帰った私は(預かっていてくれと渡された、と記憶)それを渡すために昼食をとることにする。
寝起きのパジャマのような格好でフラフラと出歩く。完全に住人化。
これから行くのは沖縄でも屈指のおしゃれな通り、浮島通りだというのに。おしゃれな若者たくさんだというのに。
でもまだ酒が残っていて頭が回らないのだ。廃人。
合流した友人も酒が残っていたのでフラフラ。
お互い声が低い。テンションも低い。
これは酒飲み女子の翌日の共通点だ。もし会社出勤していれば、間違いなく左手には1.5Lのミネラルウォーターが手放せないことだろう。少なくとも午前中はタバコも吸えまい。
浮島通りは那覇屈指のおしゃれ通りと書いたけれど、コザと同じような30年前で時が止まってしまっている店もまだまだ立ち並んでいて、まるで台湾のよう。アジアのどこかに来てるんだな、という気持ちになれる。
那覇自体が台湾のようでアジアの都市だと言う気持ちにさせられるけれども、国際通りの土産屋の多さにはやはりちょっと辟易してしまうのだ。浮島通りは国際通りにも繋がっているけれど、まるで異空間。
沖縄の空は低いなあ、と思わされることが多いが路地の両側に立ち並ぶビルの合間から見える空は心なしか高く見えた。
雲がすごいスピードで流れていく。高気圧だとか低気圧だとかそういう天気図は、私の頭上すぐそばのところににあるんだと思った。
ということは、やっぱり沖縄の空は低いのか。
友人行きつけのカフェでランチをつつきつつ談話。
はまぐりとオクラのカレーと茶蕎麦サラダ。
やっぱり二日酔いの翌日は蕎麦がいい。沖縄には蕎麦屋がないからなーそしてついでに寿司屋もないのな。
カレーは酔っ払いにはいかんだろうと思われるが、オクラは二日酔いに効くらしいのでまあ、よい。
友人は陶芸家であり映像技師なので、映画の話や本の話やいろいろな話ができたのはおもしろかった。同い年だしなー同い年女子と話すのはいとたのし。まあ、どっちも酔っ払いなんだけど。
この時も友人に疑問として漏らしたのだけれど、
「沖縄で大きい本屋っていうのはどこにあるのでしょう?」
りうぼう(口にするたびにりえ坊を彷彿とさせる)という百貨店の上にあるリブロくらいしかわからなかったのですよ、私は。
答えは「大きい本屋はナッシンッグ」でございました。
どうしても欲しい時はアマゾンで注文するしかないそうだ。
アマゾンは便利だ、万能だ、と思う反面、中をまったく読まないで買うのは当たり外れが多そうだな。
まあ、滞在中はりうぼうの本屋に行ってたんですがね。
しまった、このカフェの名前覚えてねーや。
たぶん「pictures cafe」というところです。ランチのボリュームがすごい、それでいて500円くらいだから更にすごい。
今回は2時間くらい談話してしまったけど、ひとりで来てもよさそう。
http://homepage3.nifty.com/cafemania/05okinawa/oki_pictures.html
しかし、浮島通りのカフェは若者だけでなくおじさんおばさんなんかも普通に使ってるようですな。
そういうごっちゃな感じがこれまたアジアな感じでいい。
東京のカフェだとおしゃれ一直線で虫唾が走ってしょうがねえんだが。
その後友人と別れて、また那覇散策でもしようかと思ったのだけど
連日の飲み疲れでダウソ。初めて昼寝に沈んだ。
部屋で倉地久美夫やママレードラグ聴いたりしてだらだら。漫画読んでだらだら。
そんなオーラスの日の過ごし方。
風呂に入りたくなったのだけど、その時の宿の風呂は狭かったのでちょいと調べて広い風呂があるところに行くことにする。
ついでだから海も見ておくかーと思って、バスに乗って出かける。
ホントは宜野湾にスーパー銭湯なみの風呂があるというのでそこまで足を運びたかったのだが、値段もちっと高めだし、夕方から宜野湾まで行ったら一体何時に帰ってくることになるんだかわからなくなりそうだったので、浦添というところの山のてっぺんにあるという「厚生年金沖縄うらそえ荘」というところに行くことにした。
なぜここにしたかって?
それは地図を見たら意外に近そうだったから。
ただし地図を見たのは、宿を出る前のみ。その後はいつも通り地図も何も持たずに出かけていったのですが・・・
も の す ご い 急な坂道!
坂の町といえば尾道か、長崎か、(行ったことないから違うかもしれないが)神戸か。
いやいや、そんなことはない。沖縄も立派に坂の町ですよ。コザの時も心臓破りの坂を経験したけれど、ここに比べればコザの坂道なんて坂道じゃないかもしれない。沖縄は山つーか丘が多い町なんだな。
これまた歩いている人間などオンリーワンなので、坂道をすいすいと通り過ぎていく車から好奇の視線が。
もう気にしねえやい。日本中どこ行っても車ナシで足で移動すりゃこんな視線を投げかけられてら。
坂道の途中で、ちょうど那覇の町を見下ろすことができるポイントに差し掛かったのだけれど、夕日が落ちていて町が全部オレンジ色だ。オレンジの太陽の手前に島が見える。あれはなんていう島なんだろう。
しばしうっとりするものの、またすぐに吹き出る汗を拭いながら坂道を登っていく。
やがて坂道が平坦になると、今度は右手側にずらりとならぶ墓。
沖縄の墓はやっぱりでかい。不思議とあまりひんやりとした気持ちにはならない。
普通の墓場よりも不気味感が少ないのだよな。民家の隣にいきなり立ってたりするから。
どこに行っても「共存」「ごった煮」「ミクスチャー」の土地、それが沖縄なのだな。懐深すぎ。
やっとの思いで山を登りきって、うらそえ荘に到着する寸前のこと。
児童を沢山乗せたバスが私を追い抜いていった。
なんだか嫌なヨカーン。
嫌な予感は的中。
ロビーには溢れかえる児童たち。皆(女子も半分くらいいる)サッカーか何かをした後のようで汗の臭いがムンムン。
「食事何時からにするねー?」「わー」という声が飛び交う飛び交う。
そんな児童の合間を縫ってロビーにて「お風呂に入りたいんですけど」と告げると
うらそえ荘の人は苦笑しながら
「大丈夫ですけど、お子さんがいっぱいなんで混むと思いますよ〜」と。
芋を洗うような状態になったらいやだな、とも思ったがここまでどんだけ歩いたかを考えたら(約20〜25分弱)引き返すわけにはいかなかった。
400円渡してご入浴。
ここはたぶん、温泉でもなんでもないのだろう。
いや、温泉なのか。実際のところはよくわからない。
大きい風呂に入ることができるだけで十分なのだ。
風呂場には私のほかに2名のみ。沖縄の人たちは風呂にあまり入らないらしいので(自宅ではシャワーばっかだと聞く)、思ったよりも快適。この後押し寄せてくる児童軍団のことを考えるとやや憂鬱だが。
持ってきたのが歯ブラシとカミソリと洗顔料のみなので、備え付けのリンスインシャンプーを使ったが、
私、これで頭臭くなりました。
ラベンダーに香りっていい香りだと思えないという私の嗅覚も問題なんだろうけど。
しかし大抵のことは問題なかった。
広い風呂に浸かると、連日の飲み疲れにやられた体が夢見心地に。
ぽわーん。やっぱり風呂はいいな、旅の終焉には必ず風呂に入るべきだ。
私以外の方々も風呂から上がったので、悠々としていたのだがほどなくして悪魔の騒ぎ声が・・・。
キターーーー!まあ、しょうがないんだけど。
でもこの女の子たち、おそらく小学校5,6年なんだろうけども、皆ちゃんとしてるのね。
ちゃんとしているというか、林間学校の時のように、しおりに「お風呂に入るときのきまり」なるものがあるかのようで、ちゃんと皆体洗ってから風呂に入ってました。
というより、風呂には入らない子のほうが多かった。シャワー文化全盛なのですね。
小学校高学年女子12人くらいに混じっている20代後半女1名は、自分の老体ぶりに驚いてしまいました。
たるんだ腹、くすんだ肌、ムダ毛生えまくり。
時は流れる。年齢は止められない。悲惨。
うあー。退散。
風呂から上がって着替えようとしたら、小学生女子の脱ぎ捨てたパンツが私の籠に入ってました。
・・・。
風呂上りだというのに下山。
モノレールで帰りを待っていたら、左手側に見える首里城がライトアップされていて大層キレイだった。
観光地にわざわざ行くことなかれ!とは言うが、以前夜の東大寺に行ったときもすばらしかった。
ライトアップ文化は断然支持なのです。
で、夜。
本日は前回うりずんで会った三人娘のうち、那覇在住の2人と会う。
若い!
テンション高い!
飲み屋でいきなり頼むのが「牛乳」だからなー。
テンション高いエピソードが次々に繰り出されておもろい。
あまりにテンション高いエピソードなので書きたいのは山々だがここは割愛。
その高いテンションのままファイナル観覧車。
観覧車はギャル2人と会う前にも実は行っていたのだけど、ちょうど模合いが開催されておりました。
そして十五夜の前夜だったので、「沖縄ではお月見の時にこれを食べるさ〜」といただいたのが
ふちゃぎというお餅。
餅に小豆がたくさんくっついているので、さぞ甘いのだろうと思って口にしたらあらビックリ。
全然甘くない。
昔、どこかのファミレスでホットケーキを頼んだ友達が、ホットケーキの上に乗っている大きなバニラアイスを食べたところ
「なんだこれ、全然甘くない!」
と驚いたことを思い出す。それはバニラアイスではなく、大きなバターだったのだ。
このふちゃぎもこんなに小豆がついているのに、ただの餅。むしろ軽食。
小さい子は砂糖をつけて食べたりするんだそうだ。
ふちゃぎの話はともかく、最後の観覧車は女性ばかりでワイワイと盛り上がりました。
閉店間際は皆ぐったりでしたが。
今回も観覧車には大変お世話になりました。
今回滞在時も毎日出席。皆勤賞イエイ。
私が沖縄に行くのは。この「観覧車」に行くためなのですよ。最初に沖縄に来た時「観覧車」に出会えてよかった。
心から感謝。ここで知り合えた方々に感謝。
なんといっても観覧車のママに大感謝なのだ。
あと今回は毎日飲んだ友人にも感謝したいっす。ありがとう。
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 | 2005-09-18(日) なんだったんだ?オギナワ6days ファイナル
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そして6日目
11時45分の便で帰らなければならなかったので9時半ぐらいには起きなければいけないのに、前日も4時くらいだったので一抹の不安を感じたが、なんとか9時半頃に起床。
沖縄は快晴。最後まで快晴で本当によかった。
最後に「りうぼう」に寄った。ちょいと時間があったのでモスバーガーでぼーっとしていたら、目の前を知った顔が。
あ!ホストクラブの「ノブナガ」じゃないか!
(沖縄記2日目参照)
しかもお金を持ったお姉さま(おそらくノブナガより年上)を連れているぞ!
まだ10時台だというのに!
やい!お盛んだな!
これは一体「同伴」というのか?「アフター」というのか?
そういう制度の名前をよく知らないので、頭がやや混乱したがとりあえず空港に向かうことに。
タクシーに乗ってほどなくして、携帯を探す。
あれ?持ってたはずなんだが?
な
い
見
つ
か
ら
ん
グギャー!
モスに忘れてきたんだ!
俺、モノを忘れすぎ。
そんな「モノを忘れること/なくすことの天才ぶり」はこんなところで発揮せんでもいい。
すぐにタクシーを引き返してもらって走ってモスに入ったらまだ同じ席に置いてありました。
危機一髪。これで忘れて帰ったらどうなってしまったのだろう。
それこそ「ノブナガ」の地名しりとりばりに東京から引き返さなければならなかったかもしれないのだった。
くわばらくわばら。
そして東京戻ってすぐに鉄割見に行ったのでした。
俺、フットワーク軽すぎ。
この持ち前ののフットワークの軽さで、俺はまたまた・・・・
いや、それはお楽しみにとっておくとしよう。
次に訪れる場所で心の(とんちんかんな)ドアを叩くのは誰だろう?
後から知った事実
浦添に「太古海中温泉 浦添の湯」なるものがあったんだそうです。
山を登らないような位置に。
モノレールから徒歩5分弱のところに。
うあああ!
俺が行った「うらそえ荘」と同じ沢岻というところにあるのに!まさに天と地の差!
しかし「浦添の湯」は9月20日オープンだった。
わたくしはどこまでついていないんでしょうか。
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 | 2005-09-23(金) リアル鉄子の旅 秩父SL一本場
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沖縄はいいところですが、ひとつだけ物足りない部分がありました。
それは「鉄道が足りない」の一点に尽きる。
別になくても気になりはしないんだが、ふらりと本屋に立ち寄った際、無意識のうちに手を伸ばして即購入をしてしまったのは
「鉄子の旅」でございました。
鉄子の旅は、前々から読んだら確実にハマることがわかっていた漫画でした。存在を知っていながらなぜか今まで読む機会もなく、自分から購入する機会もなく過ごしていたのだけど、なぜもっと早く読んでいなかったんだろう。自分でもさっぱりわからない。めぐり合わせとはそういうもんなんだろう。
というわけで、うだるような暑さの中鉄子を読むと、事前に予想していた通り、魅惑のローカル線紀行と超特急級ハイテンション鉄ヲタの横見氏にずっぱまり。とくに横見氏の「これはスゴイ!絶対すごい!見ないと損する!」などという言い方は普通に口から飛び出すようになっていた。気がつけば人差し指を振るってしまうほど。
沖縄から帰ってきた直後から、いや、帰りの飛行機の中から私の頭の中を駆け巡っていたのは巨大な日本全国路線図。
ローカル線に乗りたい!乗らないといかん!
絶対すごいから!
この衝動を止められない!(すべて横見調)
というわけで、帰ってきたその日から枕元にはマップルの全国地域別地図と時刻表(当然ながら1000円のやつですよ)、寝る前にはくまなく地図を見てはそこに辿り着くにはどんな乗換えをすればいいのかを調べてワクワクする毎日。
って、地図も時刻表もわざわざ用意したのではなく、常に枕元に置いてあったのだけれど。前からやってたことだった。
ローカル線も案外乗ってるしな。こないだも北上線乗ってきたばっかだった。
つまりそんなにハイテンションになるほどのことでもなかったのだ。なーんだ。
しかし、「鉄子」を読んでいると、いてもたってもいられなくなるのです。
ちょうどこないだ細野さんのライブを見た時と同じ感覚。
漫画の中で「行けばわかる!この駅はいい!」とハイテンションではしゃぐ横見氏がうらやましくてしょうがなくなるのだ。
俺だって行きたい!行ってわかりたい!
そんなわけで9月23日はお彼岸にちなんで墓参りをしていたのだけど、
その後は東武東上線で寄居まで行ってみた。埼玉も相当奥地だ。
まあ、私の寄居のイメージは「ドキュンな殺人事件がよく起こるところ」なんだけど。
一番印象に残っているのは熊谷拉致4人殺傷事件というもの。あ、寄居じゃなくて舞台は熊谷だったわ。
この事件は、かいつまんで言うと暴力団員(ヤク中)と無職の15歳少年が
無職16歳少女に「むかつくからやっちゃって」とそそのかされて、男性をめった刺しにして殺害。
口封じのためだけに同じアパートに住む3人の女性を拉致して殺傷するという、日本の低階層丸出しの事件でございました。確か2年くらい前なんだけど。
この16歳無職少女(キティちゃんのスリッパにスエット着用で出歩いてたんだろう)が確か寄居に住んでたとかニュースで言っていたのを記憶してたのです。
つい先ごろもW不倫の女が相手の男を轢き殺したなんてのがありましたね。そういう町。
そこからなんとなく秩父鉄道に乗り換えて秩父方面へ。
駅弁を期待していたが、寄居駅では駅弁売っていなかった。残念。
別にどこで降りるなどの予定はなかったので、寄居から秩父に出てそこから西武秩父線→池袋線乗り継いで池袋に戻ってこようかと思っていたのだけど、なんとなく「親鼻」という名前の駅で降り立ってみた。
何もない。
名前の由来の看板すらない。
次に来た列車に乗って去っていこうと思ったら駅員さんが
「次は熊谷方面だねーその前にSLが通過するから」
と言うではないか。
エスのエル!!!!!!
私が磐越西線でも乗り逃したあいつが!
あいつが来るというのか!ギャース!
しかしここは親鼻、通過駅。乗ることは不可能。
SLは 青森並みに 縁ナシか
ちくしょう。一句出来上がってしまったじゃないか。
そんな私の心中などおかまいなしに遠くから「ポーッ」という音が聞こえてきて、
豆粒のような黒い点がどんどん近づいてくる。
つらい。くるしい。
さっさと通り過ぎてくれ。通り過ぎていってくれよ!ヒュー・コーンウェル並みに叫びたくなる。
強く願わなくともSL車両は、まるでこの駅なんか知らなかったかのように通り過ぎていくのだった。
ほとんど減速することもなしに。おかげで、ホームの白線ぎりぎりに立っていた私は大層怖い思いをした。
諦めながら次に来たローカル線に乗る。秩父に行くはずだったのに、逆方面だ。でもその時はそんなこと考えている余裕はなかった。
まあ、熊谷に出ても、寄居に戻っても帰ることできるしな、くらいの心持しかなかった。
しかーし!
長瀞に着いた私の目に飛び込んできたのは、さっき通り過ぎていったエスのエルだったのです!
走って降りてSLに駆け込む。
一発逆転。人生何が起こるかわからない。
そのままSLに揺られながら熊谷まで。
車窓から見える風景はのどかな田んぼばかりだったけど、ここいらは名うての殺人事件の舞台なんだなーとか考えていた。
(愛犬家殺人事件や本庄保険金殺人やら)
車内は小学生や子供連れで溢れかえっていて大変よかった。
私も子供を産むことがあるならば、夜行列車やSLにバンバン乗せてやりたいものなー。
むしろ鉄郎の名前を譲ってあげたい。俺の子ならば必ずや鉄郎になるだろうよ。産む予定ないけど。
ちなみに小学生女子たちが
「××ちゃんは○○くんと付き合ってるんだって〜」
「えーあたしも●●くんと付き合いたい〜」
という会話をしていたのにはビックリした。早熟。岡村ちゃんばりに。
そして熊谷から高崎線で帰京。
熊谷駅は初めて降りたけど、おぎのやの釜飯が売ってるのな。
しかし高崎線はロングシートだし、普通に客が多いから釜飯食えないじゃないか、と思っていたら
運良く籠原始発の線に乗ることが出来たので、一車両丸ごと貸切気分で弁当を食ったのだった。
やっぱり駅弁は電車の中で食べないと。
その後秋葉原で銭湯行って倉地久美夫ライブ見て、メイド喫茶潜入するに至る。
これで鉄道乗りたい熱はひとまず納まったように思われるでしょうが。
続く
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 | 2005-09-24(土) リアル鉄子の旅 飯田線秘境駅巡り二本場
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(前回の続き)
そうは問屋が卸さないのです。
問屋って誰だ?俺だ。
翌日、9月24日
昼間に友人と電話で話していて、急に思いついたかのように長野県に出かけることにする。
ほんとに思いつき。思いつきの機動力はすごい。
目的は、鉄子を読んでいる人にとってはただひとつ。
飯田線に乗りたい━━━━(°∀°)━━━━!!!!!!!!!!
これだけです。それだけのために高速バス乗車。
友人と落ち合ってまずは呑み。飯田の日本酒は喜久水率95%くらいなんだが、この日行った店ではなぜか沖縄気分を引きずって泡盛ばかり。しかも沖縄では全然飲まなかった「時雨」をよく飲んだ。今まであまり注目して見ていなかったのだけれど、時雨はラベルがかわいいのだな。
泡盛をたんまり飲んだ後に、満を持して「大信州」
超辛口の純吟だったのですが、これが口当たりが素晴らしくよい。スキッとしていて、無駄がない。キレ味も抜群。
これは美味だなーいくらでも呑める。超辛口ということでいろいろな覚悟をして口にしたけれど、辛口なことはあまり気にならず、とにかくスッキリした酒だった。水がいいんだろうな。あまりスッキリばかり強調していると「じゃあ旨味はあまりないのか」と突っ込まれそうだけど、スッキリしているのに米の旨味も十分堪能できるからすごい。
口の中にアルプス山脈がそびえたち、、そこから広大な平野に澄んだ川が広がるかのよう。まさに大信州。
その後は地方で飲むといったらスナックにいかなきゃ始まらないってんでスナックへ。
といってもどこが行き着けとかは何もないので、適当に選んだのは「モンブラン」という店だった。
なんとなく「紋舞らん」っぽいからくらいの理由。
ちょうどマスターが帰るところだったので「あ、もう閉店ですかね?」と尋ねたところ
「いやぁさあ、客が来ないから今閉めようと思ってたところなんだよねええ」
↑なぜおもしろくもなんともない一文をわざわざ太字にしているのかというと、
このマスター、とてつもなく声がでかかったのですよ。この声のでかさを表現するには文字をでかくするか太字にするかしか思いつかん。とにかくデカい。私も声デカイと散々言われてきたが、私の声のデカさなどは平幕力士、よくて小結くらいなもんだった。
このマスターが横綱であるならば。
そしてマスターは話好きなんだろうか、いろんなことが飛び出す飛び出す。
「飯田は香川県より大きいんだよ!」
「飯田にある飲み屋の数は全国2位」
「飯田には沖縄の人が多い」
「俺はゴスペルを習っている」
溢れる飯田愛、そして声のでかさ納得。
スナックなんでウィスキー水割りをずっと飲んでいたのだけど、マスターの厚意で「夢想仙楽」という焼酎をいただく。
これが焼酎なのにほぼ洋酒。
聞けばシェリー酒を漬けた後の樽で熟成させているらしい。そりゃ洋酒の味がするわな。
焼酎のクセが好きになれずにいたのだけれど、これはいい。私もやっと焼酎に一歩近づいた。
という具合に大酔っ払いナイトだったので、翌日起きることができないんではないかとヒヤヒヤしたが、
なんとか午前中に起床。鉄ならば早起きをしなければならなかったのだけど、早朝に起きることが不可能なことはあらかじめわかっていたので寝る前に時刻表を見ておいたのだった。
なんつっても飯田線は2時間に一本だから。
酒が残ったまま、駅へ。
電車の中で駅弁を食おうと思ったのだけど、「飯田駅には駅弁は売っていない」と言われたのでユニーで炒飯弁当を購入。
乗り込んだ後、弁当を食おうとしたらスプーンも箸もついてなくてあせった。
が、友人が機転をきかせて箸を二膳貰っておいてくれたので難を逃れる。
さて、今回の飯田線乗車の目的は、本来は「秘境駅で降りてみたい」だったのだけど
秘境駅で降りた場合には容易に戻ってこれないことがわかっていたので、秘境駅を通り過ぎてみる、にとどまる。
ちなみに秘境駅というのは
「秘境駅(ひきょうえき)は、山奥や原野など、人里から離れた箇所に所在する過疎地の鉄道駅を指した鉄道ファンによる呼称。
鉄道路線と集落までの間に距離がある、登山などの目的の人が利用する、昔は集落があったが過疎化により消滅したなどの理由によって、人家のほとんどない地帯に存在する。当然、日常的に利用する人はほとんどおらず、また列車の停車本数が少ないケースが多いが、一部の鉄道ファンには人気がある。しかし日常的に利用する人がいないことから、昨今では駅や場合によっては路線自体が廃止される事が多く、そういった秘境駅は減少傾向にあるといえる。」(ウィキペディアより引用)
のことでございます。
「鉄子の旅」にもよく出てくるのですが、秘境駅といったらなんつっても牛山隆信氏の
「秘境駅へ行こう」
なんですよ!これはスゴイ!見ているだけで秘境駅に行きたくなる!(人差し指を激しく振りながら)
この「秘境駅へ行こう」のページを見ればおわかりになると思うのですが、
飯田線は全国屈指の秘境駅を有する路線なのです。
秘境駅ランキング1〜10位の中に2駅も送り込んでいるのは飯田線だけだ。北海道だって叶いやしない。
そんな人里離れたところにひっそりと位置する秘境駅、飯田駅からもさぞ遠いのだろうと思っていたのですが・・・
飯田からは1時間以内で行けるのな
しかも天竜峡を越えたところからはすべて秘境駅という素晴らしいロケーションなのだ。
おそるべし飯田線。
とりあえず、我々は「平岡」という駅を目指すことにしました。
この秘境駅銀座の中ではまだ大きい駅らしい。始発も出るし終点でもあるし、特急も止まるし。
天竜峡までは普通の町並み。若干畑が多くなるが、天竜川もまだ暴れ狂ってないし、天竜峡なんか駅にライン下りの船頭さんの格好をさせられたマネキン(バタくさい顔)が置いてあるしで十分観光地である。
しかし、天竜峡駅を出発し、トンネルを抜けるとそこから景色は一転する。
天竜峡駅

トンネル
千代駅

なんだこの差。ちなみに進行方向に向かって左側は全部ガケで、右側は天竜川ギリギリ。
こんなとこを6区間も進んでいくのです。トンネルばかりなんだけど。
トンネルとトンネルの間にかろうじて駅があり、その駅は崖ぎりぎりのところにへばりついているだけ。あたりに人の気配はない。
ちなみに千代駅は秘境駅だったけど、歌謡曲のカセットのようなものが流れているのが、僅かに停車した時に聞こえてきた。
天竜峡下りを終えた人たちらしき人たちを乗せたワゴン車が止まっていたから、いちおう客寄せのつもりだったんだろうか。
この区間にはもちろん秘境駅でない駅も含まれておりました。
ひとつは門倉駅。横に泰阜ダムと発電所がある。長野在住の友人が「ペログリ知事はここに住民票を移そうとしてたんだ」と教えてくれた。秘境駅ではないと言っても人の影はあまりないんだが。
もうひとつは温田駅。ここでは高校生がたくさん下車していきました。白線流しを勝手に連想してみた。
それ以外はすべて秘境駅。とくに印象的だったのは為栗という駅か。
吊り橋のようなものが見えたけど人がまったくいないから、朽ち果ててそうだ。こえー。
駅よりも何よりも、一番印象に残っているのは天竜川なのだけどね。とにかくでかい。雄大。日本にもまだ大自然は残っているんだなー。これぞ手つかず。あと天竜川ってサンダーストームがものすごく起きそうで、すなわち強そうだ。チョップとか効くぜ、絶対に。
ちなみに田本駅には男性がいたけど乗ってこなかった。あれは間違いなく鉄ヲタだろう。
そして平岡駅。
天龍村(それにしてもこっちも強そうな村だな)というところにあり、このあたりにしてはデカい駅なので、駅舎も立派。
駅舎に温泉と宿泊施設がくっついていて、こーれは温泉に入るしかないだろう、と思われたが、私に月のモノがきていたので温泉入浴断念。
かわりにせっかくなので天竜川の近くまで行くことにする。駅からも川が見えるのですぐ着くだろうと思ったんだけど
実は、高低差がハンパないのだった。傾斜60度はあったねありゃ。
民家と民家の間の細い階段をすりぬけて(まるで「転校生」のようでした)、道をくだってくだっていっても人のいる気配がまったくない。全部廃屋?ゴーストタウンなのかね、と思ってたら、川近くのゲートボール場(ここも平地ではなかった、難易度高)にお年寄りが大集合であった。日曜の昼下がりだったからね。
橋を渡ってなんとか河原についたものの、河原は石っつーか岩が盛りだくさん。
おまけにこの日は快晴。紫外線を遮るものは何もないので、どんどん肌が焼けていくのを実感できる。
友人が「長野は沖縄に次いで紫外線が強いところなんだって」と言っていたが、私はなんで紫外線が強いところばかり渡り歩いているのだ。ちなみに新潟でも土方並みに焼けたし。
そんな炎天下の中、弁当の残りをつまみながら橋口亮輔監督の映画の話といういつも通りのどうでもいい会話をしていたような。
なぜ大自然のほとりで「渚のシンドバット」や「二十歳の微熱」の話なんだか。
いい加減肌も焼けたので、戻ることにする。今度は岩を渡って戻ることにしたのだが、結構川の中に岩が転がっているのにこれが結構サバイバル。「風雲!たけし城」の発泡スチロールの岩を渡って向こう岸にたどり着くゲームのようだった。
川を渡り終えてもサバイバルは終わらない。
今度は駅に向かって細い道を登っていかねばならなかったから。民家の横をすりぬけてすりぬけて、迷路のような道を「たぶんこっちだろう」「ここの道でいいはず」と進んでいったら無事駅にたどり着いて一安心。
すっかり汗だく。
ちなみに駅には売店があったのだけれど、普通のさばの缶詰のようなものが100円で売っていたり、「ドラゴン商品券」というどこで使えるか不明な商品券を扱っていたりしてなかなか味わい深かった。
そして駅長さんがサービス精神満点。こういう駅はいつまでも残っていただきたいものだ。
で、帰りは特急「ワイドビュー伊那路」で帰る俺たち。
ローカル線旅には邪道!と思われるかもしれないが、この特急に乗らないと東京に戻るバスに間に合わなかったんだ。やむなし。
次回は是非とも秘境駅下車を果たしたいものである。駅寝はしないけどね。
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 | 2005-10-05(水) ミヤザキマサコ 前編
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今さっき何気ない会話をしていたら
「移動がものすごく好きな人って狩猟民族なんだって」
と言われました。その通り、私はおそらく狩猟民族なんでしょう。
狩猟民族としては、誕生日にはるばる南九州は宮崎まで行けるなんて、もうこれ以上ないプレゼント。
女、ヤツザキマサコ、26歳の旅立ちを南九州で迎えられるとは思っても見ませんでした。この調子で今年も諸国漫遊(出張だけど)したいと思う所存。
今年は酒で失敗しないようにしたいと固く思うのです。
出発に備えて、奥田英朗の新作「ララピポ」を購入。
いやー奥田英朗はホントにおもしろい。
そういや7月に岡山行った時も機内で「サウスバウンド」を貪るように読んでいたんだった。
そういや去年11月に福島の漁村に行った時は「邪魔」を一気読みしたんだった。
で、秋田で「最悪」を読んで大阪ン時は「イン・ザ・プール」読んで・・・ああ、奥田英朗の小説は旅の友。
なんつっても複数の人間が同時に動き回って、おのおのが接触しあったり、通り過ぎたり、重なり合ったりという臨場感がいい。今で言うと「24」みたいって表現になるんでしょうか。昔見た「ショートカッツ」って映画が一番近い感じだと思うのだけど。
この「ララピポ」はどうしようもなくて救いようのない、また未来もない人たちばかりの話で、登場人物が魅力ゼロ、むしろマイナスなのがいい。奥田英朗の小説は、意味のわからない自信に満ちている人の頭の中を描いている時が一番光っている、と私は思っているのだけれど。
あ、「サウスバウンド」は結構希望のある話でそれはそれでおもしろいです。何よりも八重山に行きたくなることこの上なし。
http://www.walkerplus.com/tokyo/20050705/bo1917_pkup.html
あ、八重山ではなく宮崎の話だった。
スカイネットアジア航空やJALでいけばそれなりに便もあったみたいなんだが、目下ANAでマイレージ貯め中なんで便少な彦なANAで。
朝の便が終わったら次の便は夕方なのもあってか満席。「便を次の便に変えていただけるお客様、謝礼金として1万円お支払いいたしますー」というアナウンスが何度も流れた。喜んで協力させてクレー、と思ったが、次の便に変更してしまったら仕事に間に合わない。一万円獲得ならず。
先述の「ララピポ」を読んでいるうちに宮崎到着。
東京も天気が悪かったが、宮崎も曇天模様。どんより。でも10月なのに空気が生ぬるくてじめじめしている。
ここは常梅雨の国なのか。
梅雨っぽい空気ではあるものの、かろうじてまだ雨は降っていなかった。どんよりどよどよした空の下にこれでもか!というほどソテツが立ち並んでいる。
南国アピールぶり、必死だな。でも曇天模様にソテツは似合わない。なんだか寂しい。このソテツたちは台風が来た時にはびゅんびゅん撓ったことだろう。逞しいがやっぱり寂しい。
宮崎空港が珍しいのは、すぐそばまで電車が伸びていること。今まで降り立った地方空港は、ほぼ100%「中心街に行くにはバスに乗らなければいけない」ところだった。そうじゃないところも沢山あって私が知らないだけなのかもしれないが。なので今回は空港から宮崎まで電車でGO!
あ、そういえばJR九州を利用するのは初めてだわ。
と思ってホームに行くと、いきなり出迎えてくれたのが特急車両。
うわーこれは!
にちりん!真っ赤っ赤!
しまった、特急きっぷ買ってねーや!急いで買いなおそうか?と激しく動揺するが、これは単に宮崎空港〜宮崎区間を特急車両を使って運行しているだけらしい。
すなわちローカル線扱い。
でもローカル線なのに一番前の車両は喫煙車両だからね。さすがだ。
後ろ向きのまま発車。秋田新幹線やワイドビューふじかわを彷彿とさせる。
車窓からの風景は民家大目。でもところどころにソテツが生えていて、南国を標榜しているのに庶民的リアリズムなのがミスマッチでおかしい。
3駅ほどで宮崎駅到着。
宮崎駅前も過剰にソテツが植えられておりました。
常梅雨じゃないな、もはや。常蘇鉄の国といった方がいいかもしれない。季節じゃないが。
駅でお客さん(秋田や沖縄も一緒に行ってしこたま飲んだ人)と落ち合って昼食。
宮崎名物のもんを食いに行くのか思いきやオムライス屋へ。お客さん曰く「チキン南蛮はおいしくなかった」そうで。私の中のチキン南蛮のイメージは「ベントマン」なんだけどな。
お客さんは奄美大島から宮崎入りしたそうで、奄美の酒がいかに美味かったかを力説していらっしゃった。宮崎にはあまり期待していないらしい。そりゃー南の島のほうがいいだろうよ。
お客さんといったん別れて宿に向かう。向かった瞬間から曇り空からぱらぱらと雫が落ちてきてなんじゃーと思ってたら一瞬にして大雨に。
シャワーの一番強いやつのように打ちつけてくる。
これは大雨ではない。立派な集中豪雨だ。
無論、ずぶ濡れ。
かろうじて傘は購入したものの、傘さしている意味ナッシング。いったんタクシー乗車を拒否られたほど。それでもなんとか宿につく。が、まだチェックインできない。荷物だけ預けて再び出たらタクシーが今度は全然来ない。
大淀川という川のほとりの宿であったので、大淀川を望む位置にビニールテントのあずま家(ルンペン住宅ではなく観光客用なんだろう)が立ち並んでいた。そこでタクシーを待つ。
あたり一面雨の音しかしない。車が走る国道がすぐ先に走っているはずなのに、激しい雨の音にすべてかき消されてしまっているのだった。
目の前の雄大な川も雨で青銅色に濁っている。
やっぱり宮崎、常梅雨の国。常露と書いたらちょっとかっこいい。
台風14号の被害がいまだ甚大だというのにこんな雨が降ってたらたまらんな。
そんなこんなで作業へ
作業自体は滞りありつつ、でもまあ、とにかく無事終了
再び宿へ。
宿は「たまゆら温泉」というのが出ているところでございました。
大淀川に夕日が落ちる瞬間を眺めるのがいいらしいのだが、外は絶望的なほどの雨。夕日なんか見られやしねぇ。あと「たまゆら」という川端康成の朝の連続テレビ小説(川端康成ってこういうのも書く人だったのか、橋田壽賀子と並んでるな)があったそうな。
それは40年前のこと。主演が笠智衆だもんなー。そして扇千影まで出てら。
このドラマのブレイクで宮崎は観光地として賑わったらしいのだが・・・それも遥か昔のこと。なんだか切ない。栄あれば衰えあり。
しかし温泉はなかなかのもんでした。
時間帯がよかったのか、内風呂も露天風呂もひとり貸し切り状態。
このお湯に入ると、私の気のせいでないのだとしたら、肌がつるつるになった。
嘗めるとしょっぱいのでこりゃー塩素かよ、と思ったら弱アルカリ性ナトリウム塩化物温泉だそうで、別に塩素ではないらしい。
宮崎いいところ。川端康成でなくとも2週間くらい滞在したくなるわな。
余談だが私が滞在したホテルは「文芸道場九州大会」の会場だったようで、高校生がうじゃうじゃ。文芸道場?つーことは文芸部寄り集まりの会なのか?
なんだか非常に「詩のボクシング」臭がするな。
そして夜。
宮崎といえば地鶏だそうで。実は私はあまり知らなかった。
お客さんが「丸万て店が有名らしいよ」つーので行ったら、いきなり「一本でいいですかね」といわれてびっくり。メニューないのか。わけのわからないまま、「はあ、じゃあそれで」と注文すると「レアのほうがおすすめなんで〜」と表面だけが焼けて中は赤身の鶏肉が目の前にどーん。
なんだか知らないが豪快だ。
で、食ってみる。美味!
地鶏de誕生日てのはなかなかオツだ。しかも一本食べたらそれだけでお腹にたまるのね。その店は鶏だけで終了。
焼酎を飲みたかったが、ビールに鶏だけで十分であった。
宮崎の繁華街、通称「ニシタチ」は結構でかいのな。酒で潤っている街なんだなと思う。規模でいえば国分町レベルであった。
飲み屋街と風俗街が直結しているので、地鶏の店のほど近くにソープが普通にある。「ソープランド 現代」ってすごいネーミング。
裏道のほうを歩いていって、この店よさそうじゃないですか、と小料理屋「ひぜん屋」というところが2軒目。なぜ宮崎で肥前?と思ったら女将さんが長崎の方なんだそうだ。
ついに焼酎とご対面、否、対決。
私は芋焼酎の、消毒液のようなにおいのキツさが苦手なのです。
宮崎で焼酎を飲まないわけにはいかんだろうよ、と思いながらも霧島をロックで頼んだ時点では不安な気持ちがよぎった。
運ばれてきた焼酎がロックなのに大きいコップになみなみと注がれていたのを見たときもクラクラした。
大丈夫なのか・・・飲めんのかー!
しかし実際に飲んでみたところ、霧島、案外においキツくないのですな。
聞けば霧島は霧島でも、有名な「黒霧島」ではなく「白霧島」だったのでした。
すなわち度数が20度とやや低め。焼酎、イケるじゃねーか!楽勝、楽勝!
と、意気揚々と「たちばな」
これもクセがない。むしろウマい。焼酎ブームには乗らなかったが焼酎っていいもんなんだなあ!と見直す。
しかし、三杯目の「木挽」
これが難敵であった。
モロに消毒液のにおい。
ほんとに焼酎が好きな人が飲む焼酎。
一面クリボー、二面ノコノコと順調に倒していったのにいきなりクッパ大王が現われたかのようだ。
宮崎の街角でもこの「木挽」の看板をよく見かけたから、地元の支持率は相当高いのだろう。これはギブアップしかけた。女将さんイチオシの「春雨サラダ」をもりもり食べて口直しの連続。
焼酎は全然楽勝ではないのな。甘かった・・・
木挽を異常に時間をかけて飲み干した後は「庄三郎」
木挽の後だけにクセがなく感じられる。ありがたや。
でも実際には、結構キツい酒だったのだろう。木挽マジックでなんとかなった。
霧島→たちばな→庄三郎→木挽の順で気に入りました。
そんで3件目
もうお客さんは具合が悪くてギブ気味だったのだが、私はテンション上がっちゃって適当にぐるぐる回って入店。
不覚にも!
店の名前おぼえてねー!
海童という焼酎飲んで、ウィスキー水割り飲んでバーボンソーダ飲んで、常連のお客さんとも話して
すっごくすっごくすっごく楽しかった気がするんだが
・・・・・なんも覚えてないんだよな
どうやってホテルまで戻ったのかも
なんて店だったのかも
覚えていない。
お客さんがいつ帰ったのかも覚えていない(途中で帰ったことはかろうじて覚えている)
マスターが宮崎弁全開だったことは覚えてるんだが・・・
26になって最初の飲みがこんなんでどうすんだ、俺
今年もヨッパが続きそうです。
続く
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 | 2005-10-06(木) ミヤザキマサコ 後編
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10月6日
前日の酒で頭グラグラ目グルグル、胃はぐちゃぐちゃという大惨事。
10時チェックアウトなのに起き上がることができず、つっぷして唸り続ける。
朦朧となりながら自分で驚いたのだけど、ちゃんとホテルの浴衣を着て寝ていた。もう絶対着の身着のままあるいは素っ裸で寝ているものだと思っていたけれど。
チェックアウトを延ばしてその後もベッドで死んでいたのだが吐き気を催す。
何度も書いているが、私は吐くのがコワイので(幼少の頃高熱で寝ゲロを吐いて、ゲロまみれになったのがトラウマ)いつもは吐きそうになってもふんばるのだが、この日は抑えきれずトイレに向かう。
吐く前から涙流しながら、せり上がってきた吐き気(これが心底キライだ)にまかせて吐こうとしても胃液しかでてこない。胃の中の食物はどこに行ったんだ。何度吐いても茶色っぽい液体しか出てこなかった。
これ、焼酎か。
地鶏なんかはとっくに消化されてたようだ。よかった、地鶏戻さないで済んで、と吐き気に襲われながら安堵する。
吐いてはみたものの、体の中の異変〜焼酎事変と名づけてみた、は収まらない。その後もうんうんと唸っていたら部屋に女性係員が尋ねてきて(あまりにチェックアウト延ばしてたからなのか、謎だ)「あの、具合大丈夫ですか?お薬持ってきましょうか?」というので
「ずびばせん、鎮痛剤と腹痛止めぐだざい」
と頼んでみた。
なんで腹痛の薬頼んだのか全然わかんねえ!
しかし女性係員の方はちゃんと鎮痛剤と胃薬を持ってきてくださったのだった。ハライタをちゃんと変換してくれたんだね。ありがたや。
それらを服用したら比較的マシになってきたのでのろのろとチェックアウト。
吐き気とめまい(頭痛は鎮痛剤のおかげでだいぶ治まった)と闘いながらロビーに座っていたら、目の前に「文芸道場九州大会」の受付らしき机が広がっていた。女子高生が受付をやっている。パンフレットが置いてあるところに目をやると
「詩のボクシングはこちらの資料をお取り下さい」と書いてあった。
ああ!やっぱり詩のボクシングやってたのか!
九州は詩のボクシングチャンピオン、倉地久美夫氏のお膝元だもんな〜納得。
文芸道場九州大会、ちょっと見て行こうかなと思ったけれど、こちとら重病患者。断念せざるをえなかった。千載一遇のチャンスだったのにな。勿体無い。
どこにも見向きもせずに宮崎駅へ。
またも吐き気を催してきたので、タクシー降りてすぐにトイレに直行。タクシー降り口からトイレまでがやたらと遠く感じる。まっすぐな道がところどころ曲がっているように見える。
頼む、どうにか便器まで持ってくれ、俺の胃、と強く願いながらトイレに駆け込んでいざ便器に向き合ったが何も出ないのだった。
ああ、なぜ神はこんな苦行を私に課すのか
言うまでもなく苦行を課したのは私自身だ。
なんでそんなに呑んだんだよ。
トイレを出てふらふら歩いていたら、目の前に薬局があったので胃薬を買うことにする。薬よりもドリンクのほうがよかろうと手を伸ばしたものは1本500円の代物であった。高!打ちのめされていたら、その隣に置いてある二日酔い解消ドリンクにも「二日酔い時には必ずコレ!強力!」という紙が張ってある。
それも600円。
・・・・
高い。べらぼうに高い。
どっちを買うか、と両方を手にとって見ていたら薬局のおじちゃんが声をかけてきたので尋ねてみる。
「あのーどっちが二日酔いに聞きますか」
「両方だね!」
・・・・・・・
確かにそれらの隣には2本が袋に入ってセットで売っていた。
1100円。
べらぼうに高すぎる。
しかしここはこの苦しみの解消だけを祈り、2本まとめて購入することにした。
「コレ、おまけでつけとくからね」とビタミン剤までつけてもらう。どんだけ重症に見えたことか。「こういうのはね、お酒呑みに行く前に飲んでおかないたほうがいいよ」とダメ出しされた。
ホントは呑みに行く前に牛乳を飲んでおこうと思ってたんだよ。しかし宮崎、思ったよりコンビニが見つからなかったんだよな。
駅でプルプル震えながら2本まとめて呑みました。まずかった。
そして駅構内で待望の「なんじゃこりゃ大福」を購入し、ついでに駅弁を買おうとしたが、まだまだ何も食べられそうになかったので断念。
しかし、宮崎ってういろうが名物なのですかね。駅でたくさん売ってたけど。
帰りの飛行機までに時間があったので、ローカル線乗車も兼ねて「青島」というところに足を伸ばす。
JR九州は車両が渋いな。私が乗った日南線、2両目の一番前に座ったのだけど目の前が広々と開いていたのには驚いた。すんごく広い。解放感あるなー。なんだかマイ電車という気分。
これで具合がよければどんなによかったことか!
宮崎から田吉までの区間は前日通っていたのでどうでもよかったのだが、宮崎はやっぱり常蘇鉄の国だなー。
日本的な住宅の庭にほんとに蘇鉄がぼんぼん生えている。田吉を過ぎると田んぼや山、川がいきなり見えてくるのだが、へんなところから蘇鉄が生えているのがやっぱりミスマッチだった。センスがよろしくない。
あれ?確かこの日南線、海沿いを走っている線ではなかったっけ?
なんで海が全然見えないのだ?
と、疑問を抱かずにはいられないほど山や野や川のほうが多い。すぐ横を走っている道路が邪魔でしょうがない。
まあ、ローカル線なんてこんなものさ。体調も回復させながらのんびりそんなことを考えていた。
次に停まる「こどものくに」って駅は、こども用公園でもあるんだろうか。アスレチックやジャブジャブ池がたくさんあるような。
そんなことものんびり考えていたのだが・・・・
実際に停車してみたら子供が一気に30人くらい乗ってきて驚いた。
一気に占拠される車内。
当然私の目の前の広々スペースは幼稚園児で埋まってしまう。
みんな水色の帽子をかぶって微笑ましいなァ、と思いたいが、足元までぎっしり座っている園児たちを見ると
「あ!次が青島駅なのにこれじゃ降りられねェ!」しか思えない。
しかし、なんとか「ごめんね、降りるからどいてね」と園児たちによけてもらってなんとか下車。
かなり必死で降りたった青島駅なんだが
人の気配ゼロ
駅前の店、やってる気配ゼロ
駅周辺の民宿・ホテル・旅館、営業している気配ゼロ
・・・私がなぜ青島に行こうとしたのかというと、「鬼の洗濯板」と呼ばれる海岸のことをなんとなく知っていたからなのです。
あと、みらじゅん・安斎肇の「勝手に観光協会」で青島神社にあるろう人形館がオモロイと書かれていたからなのです。
つまり立派な観光地なのだろうと思っていたんだが、あまりの閑散振りに驚いた。
秘境駅だって閑散としているものだけど、あれはあらかじめ「人がいるわけがない」場所だから違うのです。
この青島は「人がいたんだけど、皆いなくなっちゃった」という感じ。灰色の空の下で人が消えた気配だから、当然オカルト度が高いですよ。
なんつっても一番でかいホテルらしき建物が廃墟だったからな。見るからにわかる感じの。
窓から破れた障子が丸見え。

そうは言っても営業している店や観光客もちらほらいるわけで、歩道橋の下で「パイナップルおいしいよー」と売っていたおばちゃんがいたので一個買って食べる。
うーまーいー
やっぱり二日酔いの翌日に食べるものは果物か蕎麦に限る。
歩いて青島に上陸。ここは江ノ島や竹島(蒲郡にあるのですよ、そんな島が)のように陸と繋がっているのです。
鬼の洗濯板は細長い岩が水平にずらずらーっと並んでいて圧巻であった。
地層とか好きな人にはたまらんだろう。わざと洗濯板の上を歩いたりしたが、洗濯板、無限に広がっているのでキリがなかった。途中でヤメ。
島をぐるりと歩いていくと青島神社が見えてきた。
手前に喫煙所があった。二日酔いの日は午前中はタバコなど一切吸えないのだが、胃薬ドリンクのおかげかかなり体調が回復していたので一服することに。
斜め前に見える神主の方々の事務所の扉が開け放たれていたんだが、たばこを吹かす神主の姿が見えた。
暇なのか。
そういえば今は一体何時なんだろう。
3時過ぎであった。
具合悪い悪いでなんも考えてなかったが、帰りの電車って何時なのか
携帯で時刻表を検索してみる。
15時53分 南宮崎行き
うああああ!
なんで計画性ない旅してんの俺!
帰りの飛行機の時間は16時25分じゃねーかよ!
しかも空港に行くには田吉って駅で乗り換えしなきゃいかんじゃないか。
田吉から宮崎空港への電車が次に出るのは16時2分
絶 対 に 間 に 合 わ な い
こんな現実を突きつけられながらも、この期に及んで「ろう人形館は10分くらいで回れるんだろうか」などと考えている自分がにくい。当然、無理だ。目の前に目的物件があるというのに、断念せざるをえないなんて!悔しい!悔しい!
ああ、なぜ神はこんな悪戯を私に課すのか!
言うまでもなく悪戯を課したのは私自身だ。
なんでそんなに呑んだんだよ。
忙しくお参りだけ済ませてもと来た道を戻る。
国道に出れば確かバスがあったはず。前日宮崎市内で青島行きのバスを見かけていたのだった。
思ったとおりバス亭があったので大慌てで辿り着いたが、またしても神の悪戯(いや、だから自業自得なんだが)、バスはちょうど出た後だった。
ついてない。
虚脱感に襲われるが、ぐったりしている場合ではない。廃虚のホテルをわき目に見ながら、まだ営業しているであろうホテルまで走る。ホテルに行けばタクシーが停まっているからだ。あるいはタクシー呼んでもらえるしな。
にしても廃虚ホテルの前に並ぶ食事処も店もすべて廃屋なのにはまたしてもオカルト感を感じざるをえなかった。かつての新婚旅行ブームの跡なんだろうな。痛々しい。昔のまま時が止まっている場所ならばまだよい。ここは、時が過ぎているのが確実にわかるから胸が痛むのだ。
しかし、まあ、そんなリゾートっぽいところに廃虚がならんでいる光景は他にはないので味わい深いのもまた事実。ちょうど純日本の田舎風景なのに変なところから蘇鉄が生えている宮崎ならではだな。
前にコザを訪ねた時にも書いたけど、誰でも行くようなキレイで新しい建物なんか面白くもなんともない。この廃虚や廃屋は日本の高度成長時、宮崎が南国楽園だったことを今に遺す遺跡なのだ。歴史があるのです。京都の寺院や世界遺産なんかよりももっと身近で生々しい、リアリズムな歴史が。
行きの飛行機が宮崎空港に着いた時、後に座っていた60くらいのおじさんが
「宮崎に来るのは新婚旅行以来なんですよ!」
と嬉しそうに隣の人に言っていたのが印象深かった。そんな歴史。
で、走って隣のホテルに着いたわたくしはホテルの人の計らいで無事タクシーを呼んでもらえたのだった。
ロビーで待っていたら巨人軍のサインがどーんと貼ってあった。
ああ、青島って巨人軍のキャンプ地なのか。
まだまだ現役の地でもあるのだな。
そんなわけでなんとかフライト時間には間に合った。
搭乗前に食べた日向夏ソフトクリームがうますぎてたまらなかったです。
宮崎はなかなか思い出深い土地になったな。誕生日をここで過ごせて満足だ。
本当は、高千穂鉄道に乗りたかったのですよ。
しかし残念ながら台風被害で未だ全線不通、廃線の危機に晒されているそうで、胸が痛むばかりだ。
というわけでろう人形館も
高千穂鉄道も
陰陽石も

まだ見てないので、宮崎また行かなきゃ。
ちなみに土産で買って帰ったのは「焼酎もなか」でした。
焼酎に懲りたんじゃなかったのか、俺。
でも私がいない間に掃けたみたいなので、実は食べてないのです。どんなんだったのだろう。
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 | 2005-11-16(水) 女川なら狂おしいままに 生牡蠣も食える街角
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一ヶ月ぶりに旅に行ってきました。
そろそろ呼吸困難に陥る寸前だったので絶妙なタイミングであったよ。
しかも母連れ。7月の岡山は上司と擬似親子旅行だったけど今度は本物親子旅行でございます。わしも大人になったな。(勘違い)
目指す旅先は仙台。
今年だけで仙台は6回目でございますよ。どんだけ好きなんだ東北。
しかし仙台が目的地ではないのです。
目的地は、女川。女の川と書いて「おながわ」
女川の小学校はオナ小、中学はオナ中なのですよ。まあ奥様ちょっと卑猥。
土曜の早朝から新幹線で一路仙台へ。
とある旅行プランを使ったので指定席だったのだが、MAXやまびこの一階席なんだよな。全然外が見られんつうの。まあ、朝も早かったので寝ていくだろうからまあいいや、と思っていたんだが、隣に座る母のイヤホンから韓流アーティストの歌声が漏れっぱなしでうるさかった。全然寝れねーよ。
そして通路の反対側には北関東訛りの集団がずっと騒ぎっぱなし。
通路にビールこぼしやがって車内がビール臭くてたまらんかった。
テンション下がる下がる下がる。
が、仙台到着後、仙石線に乗り換えたところから俺テンションは復活ですよ。
(あ、親子旅行だろうと車運転できないから電車移動ですよ。母も私も免許持ってるが)
なぜならばッ!

ロボコン装丁の「マンガッタライナー」に乗れたからッ!
いやー狙って乗ったわけではなくホントに偶然。奇跡は起こるもんだな。
親連れでありながらバシャバシャ写真を撮る。このマンガッタンライナー、車内アナウンスもロボコンという懲りよう。
「多賀城は昔、東北の中心地だったんだよ!どう?ボクってくわしいでしょ?ガンツ先生に褒めてもらえるかなぁ」
などという語り草はやや余計な気もするが、ロボコンかわいいのでNO問題。
仙石線は多賀城までならば乗ったことあったんだが、多賀城から先はなかなか風光明媚な路線であるね。すぐ間近に松島や奥松島。晴れていたので水面がキラキラしていて、ああ、これぞ日本三景、などと思う。
余談だが、私は日本三景だと松島と天橋立はすぐ思い出すのだけど後のひとつが思い浮かばないことが多々ある。
答えは宮島なんだけど、なぜか三保の松原が思い浮かんでしまうのだ。
これは「日本三景」と「日本三大松原」が勝手に合わさってしまっているため。
ともに天橋立がランクインしているし、松島も名前に「松」が入っているからなのです。
でも「日本三大松原は何か」と言われるとわかんねえんだよな。三大なんとかって難しいわ。
そんな感じに石巻着。
石巻駅は初めて降りたけどすんごいね!駅すべてが石森章太郎キャラ!
降りたらいきなり仮面ライダーや島村ジョーがお出迎え。
駅の壁には佐武と市!渋い!
駅の上には空に飛び立つ002ことジェット!カコイイ!
イワンやフランソワーズがキャワイイ!
もちろん写メールバシャバシャ撮る。
石巻から女川までは別の線に乗り換えなければいけないんだが、この線が1時間待ちなんでマンガストリートまで歩いていったら!
うおー道にチャンチャンコやジェロニモ、ピュンマの看板が立ちまくり!(すべて手書きなので顔がヘン)
道の脇にさるとびエッちゃんとブクの石像!(わかりづらい)
商店街の人が自分で作ったと思われるロボコン像!その下には「車イスの方の美容室」という看板がくっついていた。意味不明。
ああ、マンガストリートはほんとに心癒されるなぁ。
新潟のドカベンストリート、調布の鬼太郎ストリート、そして石巻の石森章太郎ストリートまできたのだからもっと他のストリートにも繰り出さなければ。
あ、うちの近くののらくろストリートは何度も通ってたんで忘れてた。
全国にはまだまだマンガタウン/ストリートがあるのです。
・富山県氷見市:ハットリくん
・鳥取県境港市:鬼太郎
・福井県敦賀市:松本零士モノ(なぜ敦賀?)
・東京都青梅市:赤塚不二夫キャラ
氷見線と境線はハットリくん列車、鬼太郎列車が走っているから乗りたくてたまらんのです。しかし港町の率が高いね。
と、今調べていたら四国にはアンパンマン路面電車やアンパンマン列車が走っているのか。アンパンマンは絵本の頃の絵のほう(すなわち「あんぱんまん」時代)が好きなんだが・・・やなせたかし漫画で一番印象深いのは大きい帽子をかぶっている子が出てくるやつなんだが、一体なんという名前だったのか思い出せません。内容も不明。でも印象に残ってるんだよな何故だ。
しかし、肝心の石ノ森萬画館には行けなかったのです。
女川行きの電車が少ないんだよ。テツ風に言うと「ダイヤが薄い」ので。
2時間に一本路線の宿命。ま、また別の機会に来て寿司とともに堪能するとしよう。
つうわけで石巻から女川へ。
当然の如くディーゼル車。
しかしまあ、よくもそんなローカル線の旅に親を連れて行くな、などと思われそうだが私の母も元々全国に旅に行くのが好きな人だったのだ。
ザッツ遺伝。
もう30年以上も前の全国旅だから(その頃母は免許持っていなかった)当然ローカル線乗り継ぎ旅である。
石巻線に乗っている間、五能線に乗ったときの話をしていた。くそー乗りてぇぞ五能線。
石巻−女川間も海沿いを走る。松島、奥松島よりも生活感がある海岸線。漁村。
沿岸に集められた牡蠣とホタテの貝殻群(莫大な数)に心躍る。
彼方にブサイクなかもめのキャラクターが見えてきた。女川だ。仙台から1時間半。
女川駅から5分も歩けば海に出る。すんばらしい。港にはサンマ漁船がたくさん泊まっていて、釣りを楽しむ人がズラリ。港で立派に魚が釣れるらしい。
それを横目に我々が向かっていった先は・・・
牡蠣祭りキタ―ヾ(゚∀゚*)ノ―(σ*゚∀゚)σУ◎―!!!!!!!!!
(↑喜びハンパないことをアピール)
無料でふるまわれるカキ汁を飲む。
うひゃー。牡蠣ンマイ!ハンパない!
次は焼いた牡蠣、食って食って食いまくるぞー、と中村ゆうじばりに決心して先に進んだ。
しかし目の前に広がる光景は私の予想に反したものだった。
焼いた牡蠣がモリモリ出てくるものだとばかり思っていた。
現実は違うのね。
網に向かって自分で牡蠣を焼く人たちの姿。
え!?
セルフ?
セルフ焼きってこと?
おめぇに食わせる焼き牡蠣はねぇ!(次長課長河本調)ってこと?
俺、牡蠣焼いたことねぇ!(これも河本調)
ついでに母も焼いたことねぇ。というか、ここで焼いている人、皆自分で焼いたことはないようで、おそるおそるで焼いているのだった。そらそうだ。
なんだこの漁民向け祭りは。
まあ、焼くしかないのだが。
つうわけで中の魚市場で牡蠣買い。
ああ、魚市場ってなんでこんなに興奮するんだろう。ホタテが潮吹いているのを見るだけで「うおー生きてる!ホタテ生きてる!」「カニが泡ふいてる!本物!」と騒ぎ立てるほど。そして片っ端から試食。魚市場に住みたい。「駅まで徒歩20分、魚市場まで徒歩3分1DK6万円」とかあったら借りてしまいそう。
わたくしと母はもうほやが好きで好きでたまらないのですが、もちろんここぞとばかりにほやを食らいました。いや、「ほやを喰らう」と本宮ひろ志風に表記したいほどだ。
おめえら、そんなにほやが好きならば「ほや祭り」に行けよ!と。
ちなみに5月に同じ女川で開催されるんですけどね、ほや祭り。
こんな素敵なゲームもできる。

ほやを投げるから「ほやチンコ」
・・・・
ちなみに牡蠣祭りの時もこのほやチンコ板見かけました。使われてなかったけど。
ほやも堪能したが一番うまかったのは「たこチャンジャ」
口に入れた瞬間に「なんだこれ!めちゃくちゃうめぇ!」と嬌声を上げましたわ。普通のチャンジャもたらがコリコリしていておいしいのだけど、たこチャンジャのコリコリ具合は格別。「たこチャンジャ」を作った人は「小倉マーガリン」「抹茶ミルク」を作った人らに並ぶ天才だ!俺認定!
で、肝心の牡蠣ですが、もちろん食べましたよ。
牡蠣は普通に焼いていたら、同じ網を使っていたご家族が「こっち側を上にして焼くといいそうですよ」などとアドバイスしてくれたり、汁が滴ってきたら「こうやって開けるんですよ」と手伝ってくれた。しかしあまり焼いてない段階で食おうとしたら止められたけど。
うまいー
やや海水味でしょっぱいけどたまんねー
やや小ぶりだけど凝縮されててたまんねー
最後の一個が難敵で、貝開かないわ網が熱くて持てないわ自分も炙られているようで汗ダラダラだわだったがなんとか食う。
牡蠣はいくらでも食えるな!自分で焼かなければ!
しかし隣の家族の焼いていたほたてもうまそうだったので、一個買って(ほたては焼いたのが売っていた。何この不公平度は)食いました。
うまい、うますぎる。
私は貝だけ食いたい。理想の生き方。(誇張)
その後、隣にある博物館へ。
この博物館がショボショボ。
入り口で3Dメガネを渡されたので、入って「3Dシアター」を見る。これが、女川だから海の中とか魚の生態とかエンヤートットとかで飛び出す魚!釣竿!一本釣り!が始まるのかと思ったら、リカちゃん人形が子供部屋からシャボン玉に乗ってファンタジーの世界へ行く、というくだらないにも程がある駄作。
そもそも女川と一切関係ねえし。
他の展示物は「養殖わかめの父」「女川漁業の歴史」「サンマ大漁マシーン」
「一本釣り体験ゲーム」など香ばしいものが多かった。
そんなとこに何のために入ったのかというと

わかりづらいが、中村雅俊記念コーナーを見るためなのです。
母がすきなんだ雅俊。3Dシアターのあまりのヘボさに3Dメガネをすぐに返してきてしまったんだが、記念コーナーの入り口には飛び出す雅俊パネルが!
3Dメガネを返してきたことを後悔する母!
雅俊年表を読む前に「外交官になりたくて」だの出身校だのエピソードだの雅俊うんちくを得意げに話しておった。「太陽にほえろ」にチョイ役で出てたと言ってたが年表には載っていなかったのだった。
私のミーハー→詳しく調べないと気がすまないも遺伝なんだな。とほほ。
そして雅俊等身大ハリボテと記念撮影。
愛だけが母を惑わす。ここぞファンの濡れる街角(港町だが)だ。
そしてようやっとメシ。
海鮮にぎりを食いたかったんだが、何をどう間違ったのか海鮮どんぶりの店に入ってしまった。
http://www.h3.dion.ne.jp/~ojika/
これがまたンマイのですよ。
うに丼にはらこ丼にかに丼、そしてカキフライ。
もう死んでもいい!というボリューム。
しかし終わりごろには「もう贅沢しないんで堪忍してください」という気分になるな。しっかり完食したけど。
当然のように帰りの電車は熟睡。
夕暮れの奥松島をうっすら見たような気がするが、それが夢だったのか現実だったのかもはやわからない。
ティーネイジファンクラブの「Alcoholiday」がずっと耳元でループしてるなと思ってたら単に一曲リピートにしていただけであった。
ああ、祭りいいな祭り。
皆行くべきであるよ女川。いいところ。
長くなったので続くかも。続かないかも。
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 | 2005-12-08(木) 俺のネットワークはグングン広くなる 沖縄1日目
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伊坂幸太郎の「ラッシュライフ」を読みました。
舞台は仙台、5人の主人公が同じ町で、同じ知り合いや同じ出来事を通して繋がっているという秀作。最初の読んでる段階では「同じ舞台なんだな」くらいの印象しかないのだが、読み進めていくうちにだんだん魅了されていき、最後は見事としか言い様が無い。
象徴的に登場する「つなぐ」という絵や「人生はリレーのようなもの」という台詞には唸らされました。
人生は本当に繋がっていると思うのですよ。
私も今年はいろんな人や出来事やモノが繋がっているのだなと実感した一年でした。繋がる場所は仙台だったり北上だったり、山形だったり、大阪だったり様々だったけれど、もっともコアの部分は沖縄でした。
今年の私にとっての最大の幸運は沖縄と縁ができたことだな。
思えばすべてのきっかけは、2月の終わりに仕事でヘマをしたところから始まるんだった。
衝動的に会社を休んで山形に駆け込んで、戻ってきたところで言い渡された沖縄出張。
岩手の銘酒「電気菩薩」が那覇で唯一飲める店があるんで是非行ってみてくれ、と藤村さんに紹介されて辿り着いた「観覧車」。
観覧車で知り合った社長さんに連れられて行った店で仲良くなった海自ギャルズ。
ギャルズのはるみちゃんが異動になったのでまたまた大阪で再会したり、那覇で再会した台湾帰りのBONちゃん、そのBONちゃんと一緒に入った店でタマシイさんに出会って、その後東京で彼のライブを見に行ったり。
日本全国を股にかける繋がり。すごいことだ。
そんなわけで今年最後の沖縄渡航をしてきました。
そしてこれは、繋がりの集大成でもある。
っても10時35分の便に乗るのに起きたのが9時だったのですがね。
起きた途端に悲鳴を上げて、慌てて出発。
赤い電車に乗っかって羽田から飛び立ってやるぜええと意気込んでいたのだが、時間がないので乗れなかった。が、結局着いたら遅延していたのだった。
なんだよ、先に言えよ。
しかも私の乗る便は修学旅行生がうじゃうじゃいて、「うわーハズレ便引いちまったー!」と思いました。以前も秋田に行く際に乗った便がこれまた修学旅行生盛りだくさんで一気にテンションが下がったのだった。
ま、私が学生だった時も同じ新幹線の席に乗り合わせてしまった一般客の方々は「うわーなんで乗ってるんだよ」と思ったことであろう。
修学旅行生ハズレくじも連鎖する。
飛行機の中では慌てて購入した新潮の1月号を読んでいたのだけど、鹿島田真希の「ナンバーワン・コンストラクション」はここ最近読んだ小説の中で一番つまらなかった。
なけなしの忍耐力でなんとか最後まで読み切ったが、あからさまな時代錯誤感についていけん。一体何が言いたいのかもわからない。
数ある飲み物の中から「レモネード」を扱うという選択が鼻についてしょうが
ない。「契約」という言葉の使い方や「貴方の一番大事なものをいただく」なんて台詞、「〜して頂戴!」「すべての罪を引き受けて自殺するんだ!」だのの口調が非常に昼ドラっぽいと思った。内容は昼ドラ以下でしたが。
夏目漱石や谷崎のほうがよっぽどリアリズムであるよ。
純文学好きな人が書いた純文学っぽい小説。こういう小説が文学部教授に喜ばれて日本文学史に残っていくのかもしれないが、つまらないものはつまらない。
島本理生の「大きな熊が来る前に、おやすみ。」は枚数も少なかったが、リアリティのある箇所が多く、すんなりと作家の世界観に解けこむことができた。最後は?とも思ったが、あの小説に登場する2人にはこの先にも未来があって、完全な結末ではなかったのがよい。あの女性主人公はその後同じようなことで苦労するだろう、と私は思っている。他人を変えることなんて出来ない、って冒頭に書いてあるからな。
という間に沖縄着。
いつでも生ぬるい空気で私を迎え入れてくれる沖縄だが、今回は生ぬるいなんてもんじゃない。
東京は10度前後だったのに
那覇は20度オーバーでした。
厚手のコートはすぐに脱ぐ。ガマン大会じゃないんだから。
今回は牧志のてんぶす横にある新築のホテル泊なのです。こじんまりとしたホテルなのにトイレと風呂がセパレート。最高だ。
最高すぎていったん荷物を置いて出るつもりが昼寝。
昼寝なんかしてダラダラしている場合ではありませんでした。
昼寝の後にいきなり風呂に入ってのんびりしている場合ではありませんでした。
風呂上り後、そろそろ出かけようとしたところで寝坊のボロに気づく。
化粧品一式忘れた・・・
一転してえー!えー!えー!と騒ぎまくる。何やってんだか。
かろうじてコートのポケットに眉墨が入っていたので、眉毛だけは死守できた。
私が化粧品で慌てたのは「最低、眉だけでも」ということである。
俺は眉毛うすうす人間なのだ。眉毛抜いたことはないのに。(眉毛抜くのは痛くて嫌)
まあ、眉毛だけは守ることができたので化粧品はダイエーあたりで適当に買えばいいやと思って出かけたら
ダイエー那覇店は閉店していたのだった。
前回来たのは9月で、宿がダイエーの近くだったのでいろいろ便利だったんだがな。
しょうがないので安化粧品は諦めて、りうぼうに行ってエスティローダーだ。何しろ眉墨以外すべてを揃えなければいけない罠。しかしエスティローダーのアイシャドウは初めて買ったが発色がいいのな。高くついたがまあいいや。
その後、「びいどろ」へ。
このびいどろは、仙台のバーのマスターに教えてもらった店だ。仙台から那覇というつながりですね。それもすげえな。
女主人のユキさん(東北人)と初孫を呑みながらいろいろ話していたら、途中からやってきたお客さん(吉幾三似)が酔っ払い。
長々と「うちに住んでいたゴキブリ、ジロー君の話」というものを語ってくれた。
酔っ払いがその場の勢いで作った話なんだが、ゴキブリの移動距離(ちなみに100M4分50秒だって。早いんだか遅いんだかわからねえ)波の上から始まり、那覇空港、ヨーロッパとなんだか壮大。陰謀を阻止するゴキブリってどんなんだ。
そして、そんな即席の話が3,40分以上続くので驚いた。酔っ払い妄想力は偉大だ。
ま、シラフの時は全然喋らない人みたいですがね。そういうところが酔っ払いうちなーんちゅらしいなー。ほほえましいなー。
沖縄に来たのに日本酒ばかり飲めるびいどろは本当にいい店。
ちなみに、以前沖縄滞在中に「びいどろは日本酒が飲めるいい店だ」とうちなー人のいけさんに薦めたら、その後よく来ているそうで。つながりは連鎖するのな。
そしてしに酔っ払った(しにって言葉を使ってねと言われたので使ってみることにする)のでそのまま観覧車へ。
「おかえりー」と迎えられる。どんだけ来てるんだ。
その後、これまた観覧車と馴染み深い、桜坂劇場(那覇の良心的映画館)で「イン・ザ・ディープスロートを上映して欲しい!そしたら見に行くから!」と話しておったのです。東京での上映は見事に見逃したからな。
映画のストーリーとみどころを話していたら、店にきていたおじさんが「女性がね、性に解放的になることはいいことだ」と話し出した。このおじさん、早口に「人間には要所要所にチャクラがあって〜」といろいろな話をしていたので物知りな人だなあ、ものすごくハイテンションだけど。と思って興味深く聞いていたのですが、
彼が帰った後に
「あの人は、『花』って曲を作った人でうちなーの人で知らない人はいないさー」
と説明される。
花?
それは、あれか、♪泣きなさ〜い〜笑いなさ〜い〜か?
喜納昌吉さんでございました。全然気づかなかったよ!
桑名正博みたいな髪型の人だなとしか思ってなくて申し訳ないくらいだ。
えー気づかなかった!と話していたら、喜納さん、また戻ってきたのであった。
何がすごいかって、全然飲んでないのにハイテンションなのな。ハイサイおじさんとは正反対だ。
そして翌日のとあるチケットを受け取って終了。
そのチケットというのは・・・
次回に続く
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 | 2005-12-09(金) 俺のネットワークはグングン広くなる 沖縄2日目
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私が12月の沖縄に行ったのは、これを見るためでした。
12月 9日(金)
沖縄・那覇:ムジカ
「不滅の男 エンケン対日本武道館」公開記念 遠藤賢司ライブ2005」
沖縄でエンケンを見たかったんだ、どうしても。
そもそも「観覧車」にこんなに通うになったのも、壁に貼ってあったエンケンのフライヤーに驚いたからなのですよ。もちろん電気菩薩のおかげではあるのだけど。
というわけで沖縄2日目。午後からゆるゆる外出。
浮島通りを歩いていたら壷屋のほうに出た。アーケード街がある。そういえばこっちのほうは行ったことがなかったな。那覇の下町、という具合。
下町と呼ばれるようなところはどこに行っても落ち着くものだ。
修学旅行生じゃない高校生が多くて気分がいい。
歩いて県庁前へ。銀行に行ったらボーナスが支給されていた。ンマー。
大事に使わなければいけないのはわかっているんだが、昨日、化粧品一式を買った際にチークを買い忘れていた。チークのひとつくらい買ってもかまわんだろうと思って、新都心へ。
沖縄で初めてのDFS入店です。
思えば台湾に行った時も化粧品を買いまくったなあDFSで。心の友。
しかし過去3回はなんとなく縁遠かったのです。新都心行ってもおもしろくないし。
しかしDFSの化粧品コーナーは心躍るな。値段がキムラヤ価格なのも含めて。
わたくしも腐ってもOLということですよ。最近全然買ってなかったから余計に心躍ってしまう。ジバンシイのパッケージがいいな!コンパクトで持ち運びやすいぜ、という理由でジバンシイのチークを買う。そしてディオールの口紅も買ってしまった。何も言うまい。
さあ、早々と受け取って使ってやるぜえええ、と意気込んでお会計。
なにやらパンフレットのようなものを差し出される。
これは見たことがあるな。どこで見たんだっけか。
わかっているがわかりたくない。私の数少ない海外旅行で何度か見た・・・
が、今はわかりたくないのだ。お金払って、すんなりと商品を渡されて、1時間後にはチークを塗っている姿を想像したいんだ。
しかし現実は想像通りにはならず。
「お帰りの便の航空券をお持ちでしょうか?」
あああ。
やっぱり、この場では受け取れないのか。空港引渡しなのか。
「この場で欲しいんですけど」「どうしてもダメなんですか?」とねばったが、5分ほどであえなく陥落。
キャンセルと言う言葉も飛び出しそうになったが、普通の値段よりも遥かに安かったので買いました。でも受け取れないの。
寸止め生殺し、という言葉が脳裏に浮かぶ。
しかも予想通りに新都心がつまらなかったので踏んだり蹴ったりだ。
新都心は最近開発されたところ。マンションやマンション予定地が居並ぶ様子は、気分のいいものではない。この光景だけ見ると那覇は小さい東京のようだ。
小さい東京なんか作らなくていいのにな。しかしどの地方都市もだんだんと小さい東京になり始めているような気がする。
何百年もたったら今、「小京都」とか「小江戸」と呼ばれるような呼ばれ方をするようになるんだろうか。そう考えると、今「小京都」と呼ばれているところは侵略されて作り変えられた場所なんだな。元の光景なんぞはもう誰も思い出せやしない。
まあ、変化というものはそういうものだから仕方ないのかもしれんが。
時刻もほどよい時間だったので、気持ちを切り替えて「ぬえみち」へ。
おむすび作りの手伝いをする。といっても海苔貼り付けてラップをするのみでし
たが。しかしぬえみちのおむすびはいつ食べてもおいしいんだよなー。
それを携えて西町へ急ぐ。エンケンライブの始まりだ。
今回のエンケンライブは、映画「不滅の男」公開に合わせたもの。
「不滅の男」の那覇公開は10日。つまり、このライブは公開前夜祭にあたる。
久々のエンケンライブだ。こないだ映画を見たばかりだが、タイマンも張れず圧倒されているうちに終わってしまったのだった。惨敗。エンケンの鉄拳を受け止めることもできなかった。覚悟も修行も足りなかったのだ。
スクリーンの向こう側でダイナミックに動くエンケンを、私はぽけーっと見てしまった。なんたる失態。拳を握り締めて、上映時間の間、エンケンの情熱に負けないくらい生命を燃やしながら見なきゃならなかったのに。
しかし、今度はライブだ。直接対決の場。
私はこの勝負のために沖縄までやってきた。映画をぽけーっと見た時とは覚悟が違う。
それだけにこの会場がスタンディングでなかったのは残念な限り。
ステージ上に現われたエンケンは、いつもよりも大きく見えた。
しょっぱなの「夜汽車のブルース」からギターの弦が切れていた。何度も何度もギターの弦が切れて、そのたびにハーモニカを高らかに吹き、足をどんどん鳴らして曲を繋げながら、新しいギターを手にして歌い続ける。
細野氏のライブを見たとき、私は細野氏に心底憧れ、みっともないくらい嫉妬した。でもそれは、「私と同じ年くらいの時の細野氏」に対する憧れと嫉妬だった。
過去をゆるゆると歌う細野氏の余裕ぶりに。
しかし、エンケンは違う。エンケンはいつでも全力疾走だ。若い頃とか年取ったとか、そういう概念がまったくない。エンケンには「今」しかない。今、この一瞬一瞬を全速力で生命を燃やしている。それは文字通り燃え尽きるまで続くのだろう。悔しい、なんて思っている場合ではなかった。今、この瞬間、命を燃やさなければならないんだ。余裕なんて全然ない。あいまいな言葉なんていらない。
今、自分にしかできないことに賭けろ。自分がやりたいことを貫き通せ。
自分なんか曲げるな。そのまま行け。全力で闘え。
恥ずかしくなるくらい真正面な言葉が投げつけられているかのようだ。
実際に投げつけられているのは音や言葉じゃない。エンケンの生き様と気迫である。
「民主主義って言うのは自分が好きなことをやるべきなんだ。
自分の好きなことは長く続くもので、俺はこうして歌を続けている。
それが実現できるのが民主主義なんだから」
というMC。
そして「不滅の男」の歌詞の数々
そうさ やる時はやるだけだ
俺は負けないぜ
年をとったとかそう言うことじゃないぜ
俺が何を欲しいかそれだけだ
そう俺は本当に馬鹿野郎だ
だからわかるかい天才なんだ
揺るぎない信念。溢れる自負。
力強い言葉に背中を押し出される。
ここ最近の迷いやとまどいに対する答えが、ここにはすべてあった。
もう逃げている場合じゃない。
3時間は若干長すぎた感も否めないが、十分だ。
「ド素人はスッコンデロ」は映画でも凄まじい迫力だったが、実際のアクションは映画以上であった。衝動なんて止める必要は無い。溢れるものは止められやしないのだ。あとは突っ走るしかない。突っ走って突っ走って、俺のスピードをグングン速くしていくしかない。俺のネットワークはグングン広がっているのだから。(おおう、エンケンなのに何故かここだけ真心だ)
そのライブ後、あろうことか神本人を囲むお食事会に誘われたのだが、
本人と食事なんて恐れ多い!ヒィ!と食事は辞退。
観覧車に戻ってまったりと呑み。喜納昌吉さんが今日も来ていた。
社長さんが来てまきちゃんがきてすっかり(沖縄の)日常に戻る。途中、タマシイさんが来てくれたのは嬉しい限りでした。シャオロン・トゥ・スカイのアルバムが欲しかったが発売一週間前だったので手に入らず。残念。早く東京でも出て欲しいものであるよ。
そしてタバコを買いに行って戻ってみると、なんとまあ、神ご一行がいるではありませんか。ギャー!緊張!
緊張緩和のために大分呑んでおいたのだが(前日入れたボトルがすでに残り僅か)全然酔えねー。終始オドオド。あんなに感銘を受けたライブなのに、その感想すらも言えやしない。
昔、RさんとOさん(ウンコBOYS)が某女優さんと会ったのですが、会う直前まで「俺の××ちゃんがー!」だのと騒いでいたのに、会った途端に無言、飲みの席では隣に座っているにも関わらず手動携帯充電器を動かし続けていたのを思い出しました。あの時、私は彼らに「なんだよヘタレてんじゃねーよ」と言っていたが人のこと言えなかった。
RさんOさん、1年半越しのごめんなさい。
神とまともに話せたのは小川知子の「初恋の人」という曲について説明してくれたところくらいか。
あと、別の人と話しているときについつい、HG調で「オッケー」と言ってしまったら(私の声質は低音で響くのでつい巧く言えてしまう)神が
「HGは来年、『ワッショーイ』って言うよ!」
と言っておりました。
ちょっと2ちゃん用語っぽいな
言ってくれHG、「ワッショーイ」と。
次回に続く
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 | 2005-12-10(土) 俺のネットワークはグングン広くなる 沖縄最終日
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というわけで沖縄最終日
荷物がやたら重いのでいったん空港に持っていって、そこから気ままに
バスに揺られながら泊へ。
「ぬえみち」にお邪魔しました。おむすび屋さんです。
ぬえみちの女主人いけさんには今回の滞在で大変お世話になりました。
前回の日記にもちらりと書いたが、いろいろと迷うことを背負って沖縄にやってきた私は、エンケンはもちろんのこと、沖縄の人々と話して本当に良かったと思いました。何を難しく考えていたのだろう、悶々としていても始まらないじゃないか。「見る前に跳べ」だ。
いや、悶々としていたからこそ彼女ら彼らと会って話してよかったのかもしれない。
なんというか、進みたい方向にもう向いているのに、ラインを踏み越えられないでいたところを背中をぽんと押されたかのようだ。実際押してくれたのだけど。
私はこの町が好きだ。もう愛着すらも感じていた。帰りたくない、という気持ちよりも東京を帰るところにしてしまいたい、という気持ちでいっぱいになった。
そういえば滞在中、那覇タワレコでCDを何枚か購入したのだけれど、古謝美佐子さんのソロアルバムは繰り返し聴いたものだ。何度も泣けた。今まで沖縄に来ても、島唄っぽいものはほとんど聴いていなかったんだが、なんで聴かなかったのかよくわからない。こんなに生命をいとおしく歌っているのに。そう、エンケンは私の生命を奮い立たせたが、沖縄の唄および沖縄の人は優しく送り出してくれる。覚悟や肝の据わり方は並々ならないのに、いや、並々ならないからこそ余裕があるのかもしれない。
タワレコ那覇はなぜかこのアルバムをあたかも新譜のように置いていたので新譜のつもりで聞いていたが、5年前の作品だった。しかしそんなことはどうでもいい。新しいとか古いとか、若いとか年を取っているとか、そういう時間の感覚はどうでもいいのである。
沖縄で会う人は、実に様々で年齢なんか関係ないしね。ついでにいうと時間もどうでもいい(=ルーズ)人たちだがね。
もう一枚買ったCinema Dub Monks。
これは東京に帰ってきてから聴いたのだけれど、唸るウッドベースの音や木琴の音には生命の残像を感じるのだ。歌らしい歌など入っていない。でも人と人の意識と、そこに居たという緊張感と生々しさがありありと伝わってくる。本当はこれ、一緒についいていたDVDも見なければいけないんだがまだ見てない。だめだ、早く見なきゃ。見たらもう一度書こう。
夕方から小禄に移動。ま、私も感覚がすっかりうちなー時間となっていたので遅れましたがね。(東京でも変わらないが)
以前「うりずん」で知り合いになったりえちゃんと落ち合う。
そういえば小禄に来たのも初めてだ。まだまだ行った事のないところが沢山ある。
それだけで私がまた沖縄に来る理由が増える。
泡盛飲んでソーキそばをつつきながら歓談。実はりえちゃんとは先月、横浜で会っているのだ。那覇で出会った女の子と、横浜で会った2週間後に那覇で再び会うとは、これまたいい縁だな。楽しいね。特に、長距離移動をこなしている女の子を私は愛してやまないのだ。なぜならば精神的にタフだから。私も長距離移動女なのでタフになれるのもわかるし、その反面脆さも分かち合えるのがいい。
しかしたった2週間の間にいろんなことがあったようで。最初に会った時からは考えられないような展開だなこりゃ。本人も「こんな風になるとは思わなかった!」と驚いていた。でもそれはきっと、転機なのですよ。
転機に臆することなく進んでいく彼女を見て、励まされた。半年前、彼女たちに会えた偶然は今後も大事にしていきたいものだ。
そんな名残惜しさも残る中、空港に向かうと外は大雨。
南国の天気は相変わらずだな。雨がちっとも冷たくない。
空港に着くとちかちゃんもいて、またまた歓談。みんな前進しているなー
土曜の夜の空港は閑散としていた。私たちの笑い声だけが響く。本当ならばこの日も那覇で笑って飲んでいたかったけれど、今回はしょうがない。
次に那覇に来たときは、またいろんな人に会って、またいろいろ話せるといいな。
次の渡航が今からすでに待ち遠しい。
俺のスピード、その時までにもっと速くなってないかな。スピードが速くなれば時間なんてあっという間だ。
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