9日午前1時37分、父が永眠いたしました。
夜中に母から急変したとの電話があり、パピ達だけを残して行くのは心配でしたが
実家の母と、いつも何かと力になって貰っている母の弟(私には叔父ですが)と合流して
杏林大学病院へ駆けつけました。
一足先に到着した兄が父の傍に…。
暫く会っていなかった兄でしたが、顔をあわせれば一瞬に会わなかった時間も消えたようでした。
父は私達が到着するまで 人工呼吸器で何とか維持して頂いていました。
静かに眠るような最後でした。
几帳面な父らしく、自分の亡くなった後に母や私達が困らぬように
必要な手続きや何処の誰に連絡をすれば良いのかが
手帳に事細かく書かれていました。
正式では無いけれど遺言状も書かれていて、全て父の意向に沿うようにと考えています。
葬儀も無宗教だったので、家族だけのお別れの会という形になりました。
葬儀の事も遺言通りにしました。何もかもが父らしい。
何年か前の夏に体調を崩して長期入院した後は、すっかり足腰が弱ってしまい
何度か転倒しては、その度怪我や骨折が耐えなくて…母は大変でした。
一番大きな骨折は大腿骨の時で、その後は徐々に歩行が困難になった気がします。
最後は殆んど車椅子の生活でした。
実家からパピ達の世話があるので私だけ一度帰宅。
パピ達は異変を感じて何をするにも時間が掛かりました。
特にダンスはすっかり体調を崩してしまって、これからの数日が心配です。
パピ達に時間を取られた事もありますが、母に枕花を頼まれたので
近くのショッピングモール内にある花屋さんの開店時間まで待っていたので
出発時間が段々と遅くなります。。
最初は8時半には祭儀場に向かって出発したかったのですが
花を抱えてお店を出たら9時半になっていました。
西国立まで車を運転したことが無かったので不安でしたが
何とか辿り着いて、これからの事について葬儀の担当の人から説明を受けました。
当日がお通夜で、翌日がが告別式…なんて勝手に思い込んでいた私達は
夫々喪服の準備をして集まっていたのですが、父の希望していたお別れではお通夜は無いとの事。
そして翌日は友引でした。
Jiottoパパは6日の火曜日から中国へ出張へ行ったばかりでしたが
金曜日に帰国の手続きをして土曜日に帰国しました。
お別れの会は本日の午後1時から。。
今日は近所のお友達のお花屋さんに父の大好きだったコスモスで花束をお願いしてありました。
今日はお花屋さんはお休みなのですが、わざわざ花を渡してくれる為だけに来てくれました。
私が父に最後に贈るにはピッタリですよね。
葬儀を行ってくれる所で用意はしてくれるから、本当はお花も必要無いんだけど…。
『お父さん、お花屋さんにお願いして明るめの花束にして貰ったんだよ。。』
骨壷に納まった父と、お別れの会で集まった家族と会食。
その後私は母と、お酒を飲んで運転できない主人と兄と
沢山の荷物を積んで実家へ…
コーヒーを一杯頂いて、両親とはここまで。
今度は兄を乗せて自宅方面へ向かいました。
途中で兄が帰るには便利と思われる駅まで送って帰宅したのが午後9時頃でした。
パピ達には長い留守番になりました。
私もここ三日ほどで数時間しか寝ていない…
家族だけの集まりと言ってもやっぱり疲れるね。。
明日はゆっくり寝ていたいところだけど、色々な手続きをする為に実家へ行きます。
Jiottoパパのお休みは木曜日まで。
それまでに色々な事が目処が立ってくれると良いんだけど。。
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